*当記事は「企業年金 2022年9月号」の「資産運用コンサルタントの視点」に寄稿した内容の再掲載


第5回 ヘッジファンドの効用

長らく年金投資家は伝統資産からの分散手段としてオルタナティブ投資を検討する場合に、ヘッジファンドをその選択肢に挙げることが多かった。しかし、最近ではその新規検討対象は低流動性資産に取って代わられ、ヘッジファンド投資への注目度はかつてほど高くはないのが実情である。特に低金利環境が進行した一方、株式市場全体が力強いパフォーマンスを続けてきた過去10年程度を振り返ると、ヘッジファンドの有する株式市場に対する低ベータ特性は、相対的なリターン水準の低下へとつながり、新規投資対象としての検討優先度を下げるに至った。本稿では、ヘッジファンド全体の過去パフォーマンスの動向に加え、ポートフォリオにおけるヘッジファンド組入効果について再考したい。

 

過去のパフォーマンスから導き出される特性
 

ヘッジファンドは、オルタナティブ資産の一つとして取り扱われることが多いが、それ自体は株式/債券/クレジットといった明確な特徴を有した資産クラスではなく、緩やかな制約の下で様々な非伝統的なエクスポージャーにアクセスしている幅広いタイプの運用戦略を総称したものであり、個別戦略間の違いが大きいことが代表的な特徴だといえる。そのため、ヘッジファンド指数は運用戦略全体の大まかな傾向を表すに過ぎないことを念頭に入れる必要があるが、その過去パフォーマンスを見ると、ヘッジファンド全体で、その特徴の何が変化し、何が変化しなかったのかが見て取れる。

2000年からの10年間は、世界金融危機やインターネットバブル等が起きる中、株式市場のパフォーマンスは歴史的にも冴えない期間となった。その一方で、ヘッジファンドのパフォーマンスは株式に対する低ベータ特性や緩い運用制約がもたらすオルタナティブリスクへのエクスポージャーから、グローバル株式の絶対リターンを指数全体で上回るとともに、ひいては債券/株式を60/40で組み合わせたバランス型ポートフォリオに対してもリスク調整後リターンで上回る結果を記録した。

2010年代に入ると、低金利環境に支えられる形で、株式/債券市場が共に堅調なパフォーマンスとなる中、ヘッジファンドは株式だけでなく、バランス型ポートフォリオに対してもリターン水準で劣後した。近年生じている伝統資産に対するパフォーマンスの劣後は、そのポートフォリオのリターン改善効果への期待を下げるとともに、ヘッジファンドの組入意義に一石を投じている。

図表1 ヘッジファンドとグローバル株式ファンド及びバランスファンド との運用効率比較表 

  HF グローバル株式 バランスポート
2000年代 リターン 6.40% 0.89% 4.69%  
リターン/リスク 0.93 0.05 0.54  
2010年代 リターン 4.05% 9.37% 5.02%  
リターン/リスク 0.84 0.71 0.75  
※HF: HFRI Fund Weighted、グローバル株式: MSCI ACWI、バランスポート: FTSE WGBI All Maturities 60%/MSCI ACWI 40%にて算出
(出所)マーサー作成 

 

ヘッジファンド投資と3つの組入効果


ヘッジファンド投資を行う背景には、リターン水準の改善に加えて、次の3つがあると考えられる。1つ目は、リスク効率性の高いリターンの確保、すなわち高い質のリターンの確保。2つ目は、ポートフォリオにおけるリターンドライバーとしての役割を持ちつつも、金融市場に混乱が生じた際には資産保全効果を発揮することができるといった、いわば非対称的なリターン特性。3つ目は、金利感応度を高めることなく、株式リスクからの分散を図ること。これらの組入効果について、それぞれ近年ヘッジファンドがその効果を失っているかを次に確認してみる。

まず、リターンの質について。先ほどと同様の期間でリスク調整後リターンを見てみると、その水準は株式やバランスポートフォリオが前後半の10年間で大きく変化した一方で、ヘッジファンド指数には大きな変化がなく、高いリスク調整後リターンは継続していることが分かる。

次に、非対称的なリターンについてだが、株式市場の上昇局面および下落局面におけるヘッジファンドのリターン追随率を示した数値を見てみると、株式下落局面における低い追随率は引き続き確認できるものの、株式上昇局面での追随率が後半10年間にて縮小している。2020年の市場急変時や2022年以降の株式下落時では、下落追随率の低さは発揮されており、リターンドライバーとしての役割は薄れたものの、下値抑制効果は引き続き有効であると考えられる。

図表2 株式上昇時と下落時のリターン追随率の比較(2000年代と2010年代) 

  株式上昇時リターン追随率 株式下落時リターン追随率
2000年代 0.49 0.44  
2010年代 0.37 0.44  
※HF: HFRI Fund Weighted、グローバル株式: MSCI ACWI
(出所)マーサー作成 

 

最後の点となる金利リスクについてだが、米国国債の月次リターンとの相関では強弱の差はあるが、順相関となる期間はほとんど見られず、継続的に米国金利との相関の低さが継続している。

図表3 米国国債との相関(3年ローリング) 

投資残高例-コミットメントペーシング実施
※HF: HFRI Fund Weighted、米国国債: FTSE WGBI US
(出所)マーサー作成 

 

ヘッジファンド間の競争激化や世界各国における政府/中央銀行の介入に伴う金融市場におけるボラティリティの抑制や資産間の連動性の高まりがリターンドライバーとしてのヘッジファンドのアルファ創出力(絶対リターン水準)を損なっているという懸念はあるものの、これまで挙げたようなポートフォリオにおけるヘッジファンドの組入効果は、引き続き残されていると見込まれる。

 

伝統的資産にはない運用戦略の多様性
 

市場指数を用いてヘッジファンドの組入効果について検証を行ってきたが、留意点として触れておきたいのは運用戦略間の不均一性である。伝統的なアクティブ戦略に対して、その運用制約の少なさは、結果として運用戦略の個別性の豊かさをもたらしている。ヘッジファンド指数で見られるように平均的なマネジャーにおいては、近年アルファ創出に苦戦していた一方、良質なマネジャーではその限りではなく、厳選してポートフォリオを構築することによって、リスク分散効果としての役割だけでなく、リターン強化としての役割も担うことができていた可能性があるのだ。

マネジャーのリスク・リターン特性の多様性は、適切なヘッジファンドポートフォリオ構築を行う際に、ヘッジファンドにどのような役割を期待するのかを明確化する必要性をもたらしている。さらにその目的を達成しうるマネジャーを適切なデューデリジェンスの下で厳選し、投資後はその役割を正確に担えているかを継続的にモニタリングすることの重要性をもたらしている。年金ガバナンスの観点からは、ヘッジファンドの商品性の複雑さとともに、個別戦略に対して全天候型の運用戦略であるとの期待感から、パフォーマンスがさえない戦略のみを入れ替えてしまい、結果的にヘッジファンドポートフォリオ全体として、ある特定の市場環境にのみ機能するような形態となってしまうことも起こりうる。十分な内部理解を事前に醸成しておく必要性にも触れておきたい。

足元の金融市場では、金利上昇と株式下落が同時に発生する局面を迎えており、2010年代のように株式ベータへのリターン依存を高めたポートフォリオでは、十分に機能しない可能性も示唆している。ヘッジファンドは、伝統的資産が有していないその特異性から、年金ポートフォリオのリスク・リターン向上に貢献することができるカテゴリーと今後も期待できると考えられる。

 

執筆者:木下 智雄 (きのした ともお)

資産運用コンサルティング部門 シニア コンサルタント

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