*当記事は「企業年金 2022年10月号」の「資産運用コンサルタントの視点」に寄稿した内容の再掲載

第6回 下方リスクの抑制

「下方リスク抑制」という言葉を耳にされたことがあるだろう。もちろん投資家にとってリスクは下方にあるだけに、投資家の機微をうがつ言葉である。下方リスク抑制というと、そこには将来のリターンの想定範囲のうち、特に下振れ部分を抑制しようとの意図が窺われる。しかし、下方リスクを抑制すれば、リスクを取ることの見返りであるリターンも何らかの形で妥協せざるを得ないと考えることが慎重である。今回は、ポートフォリオの下方リスク抑制を目指す代表的な手段について、その効果や限界を整理してみたい。

 

1.  債券

まずは基本の債券から始めよう。ここ数年、企業年金のご担当者様より、債券は「株式と逆相関」であるにも関わらず、その「下方リスク抑制効果が最近落ちてきているのではないか」、というようなコメントをいただくことが増えているように感じる。よって、債券以外にも工夫を、となるわけであるが、今後、債券がどれほど役に立つのか(どれほど他の手段に頼らなければならないのか)につき、二点注意しておきたい。

 一点目は金利水準である。昨年までのグローバルな超低金利下では、株価下落時に金利がさらに低下できる幅には限界があった。また2022年8月時点の国内では超低金利が続いている。債券のクッション効果による下方リスク抑制機能は、いわば金利が下がるにつれ次第に難しくなるリンボー・ダンスを踊らされてきたわけである。しかし今後は、金利が上昇するにつれ、(さらなる金利上昇リスクを孕むものの)株価下落時のクッション効果は改善すると期待できる。

 二点目は「逆相関」であることの受け止め方である。基本ポートフォリオ策定時、株式と債券との相関係数の前提値はマイナスに設定されることが多い。例えば、2022年7月までの240か月のグローバル株式とグローバル国債の現地通貨建リターンの相関係数の実績は約マイナス0.2である。ところで、この240か月のデータを図表1のようにプロットしてみると、第3象限のように株式も債券も両方マイナス・リターン、というケースが例外的とは言えない程度に多く起こっていることが確認できる。相関係数がマイナスという意味で逆相関ではあるものの、マイナス0.2は概ね「無相関」である、と言う方が実情をより良く捉えているかもしれない。債券は株価下落時に下方リスク抑制手段として機能するかしないかは、概ね五分五分くらいなのだと位置付けておくことが無難である。この点は、今後日本も含めて金融が正常化し金利水準が通常の市場循環の中で推移するようになっても大きく異ならないと考えられる。例えば金利上昇が株価下落要因となる局面は、通常の市場循環の中の一局面として例外的なこととは言えないためである。

 

図表1 債券・株式のリターンの相関

債券・株式のリターンの相関図
(出所)マーサー作成

 

2. ダイナミック・ヘッジ/プロテクション

企業年金の資産配分は一般に、いわゆる”コンスタント・ミックス(一定の配分)”という枠組みのもと、基本ポートフォリオの構成資産の配分比率を一定に定め、ここからの許容乖離幅の範囲内で管理されている。これによって、例えば株価が下がれば株式を買い、上がれば売るリバランスを行うことになるため、”バイ・アンド・ホールド”との比較では逆張りと言われることもあるが、このリバランスによって(各資産のリスクが常に一定であるとして)資産価格やその方向性などによらず各資産へのリスク配分比率が一定に保たれる点で順張りでも逆張りでもない中立的な運用と言える。

一方、当初基本ポートフォリオの中心値を定めた際には、財政状態などについて、この水準は割らないようにしたいというような一定の下限が意識されていたことが多いであろう。資産価格の下落により、この下限に近い状態となった際もリスク配分を従来同様一定とすることは望ましいのだろうか。コンスタント・ミックスに比べて損失を一定の範囲内に抑え、この下限を守るためにとられる策として、保有資産の価格が下落するにつれこの売却を進めるリバランスを行うダイナミック・ヘッジや、プット・オプションの買いポジションなどのデリバティブを併せて持つなどするプロテクションがその代表例として挙げられる。

これらの策を用いると、ポートフォリオの損益は、図表2で示すようなものとなる。コンスタント・ミックスの場合に比べ、下方リスクを抑制し、一方でリターンの上振れにも追随できる。しかし、ダイナミック・ヘッジでは資産価格が反転上昇した際に売値より高値で買い戻さねばならないことや、プロテクションではオプション・プレミアムの支払いという形で、コンスタント・ミックスであれば得られたリターンの一部を放棄する必要がある。図表2における執行コスト/保険料がこれに該当する。下方リスク抑制自体はもちろん良いことであるが、そのためにリターンの一部を放棄することをどこまで許容すべきか、個々の投資家のリスクに対する考え方によって異なってくるだろう。


図表2 ダイナミック・ヘッジ/プロテクションの損益 イメージ   

ダイナミック・ヘッジ/プロテクションの損益 イメージ
(出所)マーサー作成

 

この執行コスト/保険料を削減するため、より安価で類似の効果が期待できるデリバティブによる代用や、資産価格以外にボラティリティなどの他の指標も売買のトリガーとして用いるリバランスなど様々な工夫が行われる。近年、運用商品の中には、ロスカット・ルールや市場ショック時のリスク削減などの柔軟な配分管理の仕組みを持つものが散見されるが、これの仕組みも、広義のダイナミック・ヘッジ/プロテクションと言えるだろう。そして、これらの仕組みは特に最近の市場の動きにうまく合致し、良い実績を上げている事例も少なくないようである。しかし、一点留意しておきたいのは、これら手法は基本的に下がれば売る、という順張りまたはそれに類似するものであり、いわゆるモメンタム・ファクターへの分散投資の側面があることである。いわゆるレンジ相場など、市場全体の方向性が出ない局面では苦戦しがちであることに注意したい。

 

3. 新たな分散投資

これまで論じてきたように、下方リスク抑制は、①手法によっては常に機能するとは限らず、②機能するにしても、そのためのコストを様々な形で引き受ける必要がある。投資家は、このような限界と自らの想定投資期間などをふまえ、どこまで幅広く、または様々な下方リスク抑制策をポートフォリオに組み入れるかを検討することが望ましい。

下方リスク抑制をさらに充実させようとする場合、安全資産を買う(債券)、リスク資産を売る(ダイナミック・ヘッジ/プロテクション)、という方策以外では、リスク資産における分散投資の拡張しか残っていない。とは言え、リスク資産の中には、株価と債券価格が同時に下落する際でもプラス・リターンを期待できるものもある。

マーサーでは、低ベータのヘッジファンド、流動性プレミアム(プライベート資産の価格が流動性の高い資産に比べて割安となる可能性)、複雑性プレミアム(証券化商品など設計が複雑な運用商品の価格が割安となる可能性)などが、株式からの分散投資効果の点で債券よりも優れた結果を示す局面もあることを軽視すべきではないと考え、またこれらへの分散投資を検討する意義は最近高まっていると評価している。また、株式自体についても、例えば最小分散運用などの低ボラティリティ運用は、コロナ後の市場回復局面で劣後したものの、特にエマージング株式や小型株式からの分散効果が高く、すべての投資家に適合するとは限らないが今後も良好なリスク調整後リターンを期待できるとの評価をマーサーでは維持している。

最終的には、分散すれば良い、という話に帰着するようでもあるが、分散投資にあたって、特に下方リスク抑制を意識して考えた場合の候補や優先順序は、収益源泉の分散を第一に考えた場合とは異なり得る。特に足下、インフレ懸念や金利上昇リスクが意識されている中でもあるため、改めてこのように確認いただくことは時宜に適していると考えられる。

 

 

執筆者:竹内 康孝 (たけうち やすたか)

資産運用コンサルティング部門 シニア コンサルタント

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