*当記事は「企業年金 2022年11月号」の「資産運用コンサルタントの視点」に寄稿した内容の再掲載


第7回 債券と株式の再認識

今年度の資産運用環境は厳しい。国内外で株式市場の調整が続いている点については、リスク資産でもありそういうこともあるだろうと、ある程度割り切ることができても、そんなときのための投資と思っていた債券までが損失を被っており、これまでのところ、収益に貢献できているのは為替要因ぐらいである。やはりオルタナティブへの分散投資を早く進めておくべきだったという声も聞こえてきそうだが、こんなときだからこそ、債券と株式の収益特性について整理し、伝統的資産による運用のどこに課題があるのかまとめておきたい。

 

1. 債券投資
 

債券投資の収益性はあらかじめ決まっている。表面利率が0.2%の債券に、償還予定額と同額で投資できれば、満期まで保有した場合のリターンは年率0.2%である。「金利が上昇すると債券の時価は下がる」が、満期を迎えるまでに生じうる一時的な下落であり、元利払いが満期まで予定通り行われる限り、最終的な損益はマイナスにならない。損が出る可能性があるとすれば、途中で売却した場合であるが、年金の現実的な債券投資手段であるパッシブ運用は残存年限が1年未満となるまで、基本的に持ち続ける運用であり、したがって長期的にはマイナスにならない資産と考えてよい。図表1は、債券指数への10年間の投資収益率(年率)がこれまでマイナスになったことがなく、また、投資開始時点である10年前の10年国債利回りでおおむね説明できることを示している。長期投資家にとっての債券投資は、「金利低下時の価格上昇益」を取りに行くものではなく、時間経過とともに得られる金利収入を取りに行くものと、まずは整理しておきたい。

 

図表1 国内債券指数の10年リターン

国内運用機関のオルタナティブ提供状況
※国内債券指数は野村BPI(総合); 1987年4月〜2022年8月 
(出所)マーサー作成

 

課題はなんといっても、あらかじめ決まっている利率そのものが低いことだ。利率が低いばかりか、利率がマイナスになるという事態も経験した。表面利率が0%の債券に、償還予定額以上の金額を払い込まなければならないことを想像されたい。満期保有時の損が確定している債券への投資だ。長期投資家といえども、いや、長期投資家だからこそ、収益源としての投資意義は見出しにくくなってくる。「株式との逆相関」を期待してコストを払う保険としての位置づけで投資し続けるか、投資家それぞれに確認が必要だろう。

為替ヘッジ付外国債券への投資は、国内債券の低収益性の課題を解消する有力な手段である。社債等の国債以外の債券市場が充実している点が魅力と言えよう。ただし、為替ヘッジにかかるコストはあらかじめ決まったものではなく、多くの場合、1〜3か月ごとに更新される点が、収益の不確実性をもたらす。利率2%の10年米国国債に投資し、当初は為替ヘッジ・コストがほとんどかからなかったとしても、10年のあいだに為替ヘッジ・コストが2%を超えてくれば、その時点から正味の収益はマイナスになる。今のような利上げ局面で十分にあり得る。ましてや、米国では長短金利が逆転しており、すでに為替ヘッジ・コストが長期金利を継続的に上回っている。この逆転現象が長期化すれば、為替ヘッジ付外国債券(とくに国債)がさらに低迷することも予想される。

 

2. 株式投資
 

株式投資の収益性は分かりにくいかもしれない。鉛筆ナメと揶揄されることも多い。しかし、債券と同様、「長期的にはマイナスにならない」と思えばこそ、年金資産の投資対象として受け入れられることを、この機会に再認識しておきたい。

債券価格が、満期までに支払われる元利金の割引現在価値の合計として説明されるのと同様、株価も、(永久に続く)将来配当の割引現在価値の合計と考えることによって、債券との連続性を意識できる。株価も配当の将来見込みと割引率によって決まると考える。ただしこのとき、配当の将来見込みが債券の元利払いほど確実でないことを反映して、債券より高い割引率を用いる。不確実なものに高いお金は払えないというわけだ。これをリスク・プレミアムと呼ぶ。ここまでの準備のもとに、株価(配当込み)の動き方を模式的に示したものが図表2である。まず、①配当が見込み通りに支払われ、かつ、将来見込みにも変化がなければ、一定の利率で上昇することに注目されたい。そしてこの利率こそ、株価評価に適用された割引率なのである。株価は、配当の将来見込みとその不確実性に応じた割引率を的確に織り込んでいる限り上昇し続ける。


図表2 株価(配当込み)の動き方   

投資資産のリスク・プレミアム
※配当割引モデルを用いた試算 
(出所)マーサー作成

 

では、株価が下落するとき何が起こっているのか。ひとつは、②債券と同様、割引率が上昇すれば価格は下落する。割引率上昇の背景には、不確実性の高まりによるリスク・プレミアムの上昇と、割引率の基準となる債券利回りの上昇とがある。債券の項で「株式との逆相関性」について触れたが、これは約束されたものではなく、共通の割引率要因を通じて債券と株式は連動する性質も持っていることに注意が必要だろう。もうひとつの株価下落要因は、③配当見込みの下方修正である。市場が見込んでいるほど配当が出ないことが明らかになれば、株価は下落する。今年1-3月は、まず割引率の上昇が株価の下落を主導し、次第に景気後退懸念が台頭して配当見込みが下方修正されることにより、4-6月に下落が加速したものと考えている。

しかし、割引率の上昇には限度があり、また、下方修正は、情報が広く正しく開示されていれば瞬時に織り込まれるはずだ。株価の下落は持続的なものではなく、市場の共通認識が醸成されるに従い、①に回帰していくものと考えられる。実際、図表3に米・英・独の(配当込み)株価指数を示したが、調整は短期にとどまり長期的には上昇している様子が確認できる。株価は景気循環と連動するように誤解される場合もあるが、織り込まれた通りの景気循環を繰り返している限り、株価は下落しないのである。

 

図表3 欧米の株価指数 

投資資産の市場規模
※1988年12月末=100 
(出所)マーサー作成

 

長期にわたる株価低迷を経験している私たちは、株は上がることもあれば下がることもある、と考えがちだが、むしろ、なぜ米国のように上昇しないのか考えてみたほうが建設的のように思う。それが東証の市場改革の課題意識の一つでもあったはずだ。挙げられそうな要因としては、情報公開に消極的で一度に膿を出すことを避け、悪材料を小出しにしてきた可能性、また、いわゆる「持合い」によって市場が適正な価格発見機能を発揮できず、割高な価格で取引されてきた可能性などがある。これらの点についてはよい方向に向かっていると信じたい。

 

3.伝統的資産運用の課題
 

債券も株式も長期的には収益をもたらすものという点では、債券と株式による長期投資に大きな問題があるとは基本的に考えていない。ただ、債券の収益性が低いことと、短期的に大きな損失を被る可能性が課題なのである。年金財政の健全性検証は当然必要で、どこかの時点で確認せざるを得ないとなれば、短期的なリスクにも配慮が必要であるし、とりわけ給付超過が続き積立資産が継続的に減少する年金制度においては、大きな損失が致命傷になりかねない。「一時的な損失」と片づけるわけにはいかないのである。なぜオルタナティブ投資が必要なのか、投資家それぞれの事情を踏まえて整理してみることに意味があると考える。

 

執筆者:今井 俊夫 (いまい としお)

資産運用コンサルティング部門 リーダー

お問い合わせフォーム