*当記事は「企業年金 2022年5月号」の「資産運用コンサルタントの視点」に寄稿した内容の再掲載


第2回 利上げ局面の債券運用とインフレ対応

米連邦準備制度理事会(FRB)が3月16日に政策金利の誘導目標を0~0.25%から0.25%~0.50%へ引き上げることを決定した。また、足元では、ロシアによるウクライナ侵攻からエネルギー価格が上昇し、インフレ上昇圧力に拍車がかかっている。本稿では、金利上昇局面における外債運用、特に円債代替として多く使われているヘッジ外債運用とインフレ対応の考え方を整理してみたい。

 

1. 前回の利上げ局面との比較
 

FRBは今回を含め、年内に7回の利上げを想定しているが、前回の利上げ局面では、2015年12月から3年間に9回の利上げを行った。図表1は2014年12月末を基準に米国国債指数と、社債を含む米国総合型指数の累積リターン(米ドル・ベース)を、米国の政策金利(誘導目標レンジの上限)の推移と共に示したものであるが、前回利上げ時に市場が低下基調に転じたのは利上げ開始から8か月後の2016年8月であった。そして下落基調は2018年10月まで続き、その間の累積リターンは国債指数が△4.3%、総合型は△2.1%であった。続いて直近の状況を見ると、米国債券は2020年8月から早くも下げ始め、今年2月までのリターンは国債指数が△6.5%、総合型が△4.9%と前回利上げ時の下げ幅を既に上回っている。つまり今回は、かなり早い段階から市場は下げ始め、現時点で想定されている利上げを相応に織り込んでいると考えられる。なお、両局面において総合型が国債型よりも下げが抑えられたのは、デュレーションが相対的に短く、信用スプレッドも僅かながら縮小したことが背景にある。

 

図表1 米国債券累積リターンと政策金利2014年末を基準とし、2022年2月まで

国内運用機関のオルタナティブ提供状況
(出所)Refinitivのデータをもとにマーサー作成

 

2. ヘッジ外債の投資魅力度
 

次に米国債券の投資魅力度を検証したいが、ポイントとしては内外の長短金利差と為替ヘッジ・コストが挙げられる。理論上、ヘッジ・コストは2通貨間の短期金利差によって決定する為、より高利回りの外債に投資しても、ヘッジ後では国内の利回りに近い水準となる。しかし、図表2で例示しているように、長短金利差が国内よりも海外の方が拡がっている(利回り曲線が立っている)場合、中長期債に投資することで、ヘッジ後でも国内の中長期債より高い利回りを享受できる。図表3は日本と米国の長短金利差(10年/2年国債の利回り差)の推移を示したものであるが、米国は2019年から2020年にかけて長短スプレッドが拡大したものの、2021年4月からは縮小しており、2022年2月末時点では0.43%となっている(日本は0.22%)。

 

図表2 ヘッジ後の利回り曲線(イメージ図)

投資資産のリスク・プレミアム

 

 

図表3 長短金利差の推移

投資資産の市場規模
(出所)Refinitivのデータをもとにマーサー作成

 

続いてヘッジ・コストを見ていきたい。先述の通り、ヘッジ・コストは2通貨間の短期金利差によって決まるが、ヘッジのニーズが多い等の理由により、実際にはその理論値から乖離する。図表4は為替レートから弊社が算出した米ドル・円の過去のヘッジ・コスト実勢値(12か月移動)を、短期金利差とそれ以外の部分(所謂ベーシス・コスト)に分けて示したものであるが、前回の利上げ局面では短期金利差の拡大に加え、ベーシス・コストがヘッジ・コストを押し上げていたことが確認できる。今後、米国で利上げが進むとヘッジ・コストの再増加が予想されるが、ベーシス・コストの状況も確認することが重要となる。加えて、金利上昇局面では、償還される債券は高くなった利回りの債券と入れ替わるが、ヘッジ・コストの上昇が急激に進むとそのマイナスが大きくなるリスクもある。なお、2022年2月末時点のフォワード・レートから算出される今後12か月間の米ドルの推定ヘッジ・コストは1.38%である。また、米国の国債指数と総合型指数の利回りはそれぞれ1.57%、2.33%であり、予想ヘッジ・コスト控除後の利回りは0.19%、0.95%となる(Nomura BPIの利回りは0.24%)。

 

図表4 米ドル・ヘッジ・コスト実勢値の推移(12カ月移動)

投資対象拡大の方向性
(出所)Refinitivのデータをもとにマーサー作成
 

以上を整理すると、➀外債投資は利上げ局面で低迷が予想されるが、現在の市場は今後の米国利上げを相応に織り込んでいると思われる、➁社債等を組み入れることで、金利上昇によるマイナスの低減、或いは、追加的利回りが期待できる、➂米国の長短金利差は縮小傾向にあるが、総合型であればヘッジ後利回りは相対的に魅力的な水準にある、➃今後も内外の長短金利差と、ベーシス・コストを含むヘッジ・コストのモニターが重要となる。一方、リスク・シナリオとしては、米国の利上げ幅が想定以上に大きくなることや、ロシア・ウクライナの問題が長引いて実体経済へのマイナスが大きくなること等が挙げられ、局面によっては、信用スプレッドの拡大から社債が国債に劣後する可能性もある。なお、欧州債券について簡単に触れると、国債指数と総合型指数の利回りはそれぞれ0.49%、0.67%であり、円・ユーロの為替ヘッジは年間0.4%程度のヘッジ・プレミアムが得られることから、やはり国内債券よりは投資妙味があると考えられる。

 

3. インフレ対応
 

次に、年金資産運用におけるインフレ対応の考え方を整理したい。インフレ対応に限らず、投資対象とする資産/運用戦略は、その目的を明確にすることが重要であり、端的には「リスク・ヘッジ」と「収益追求」という2つの役割に分けられる。

まず、「リスク・ヘッジ」の観点から見ると、一般的に運用は、将来の支出に必要な資金を確保する為に行われ、

「インフレ・ヘッジ」とは、その支出がインフレ率によって増減する場合、運用もインフレと連動させることで資産が将来の支出額に満たないリスクをヘッジすることである。年金における「支出」は「給付」であるが、日本の確定給付型企業年金において給付はインフレと連動していないことから、リスク・ヘッジを目的としたインフレ対応は必要ないと言える。

そうすると「収益追求」の位置付けで組み入れるか否かであるが、これは収益源の分散という点で一定の意義があると考えられる。但し、インフレ率と順相関の資産であってもインフレの発生状況によって各資産のリターンの出方は異なってくる点に留意頂きたい。例えば、低金利政策によって高い経済成長とインフレ率が続く局面では、インフレとの連動性が高い資産は総じて良好なパフォーマンスが期待できるが、特に上場株式やプライベート・エクイティを含む天然資源株、私募不動産等がより高いリターンをあげることが予想される。一方、経済成長は鈍化するが、インフレは進行するスタグフレーションの状況では、先の各資産は低迷するが、金を含むコモディティが良好なパフォーマンスとなることが予想される。残念ながら、どのようなシナリオでも有効な万能の資産クラスは存在せず、様々な資産クラスに分散投資することが現実的なソリューションとなる。

 

外債投資とインフレ対応についてまとめてきたが、執筆のタイミングから2月末までのデータをベースとしており、直近の市場環境が反映されていない点はご容赦いただきたい。

 

執筆者:星野 実  (ほしの まこと)

資産運用コンサルティング部門 プリンシパル

お問い合わせフォーム