*当記事は「企業年金 2022年6月号」の「資産運用コンサルタントの視点」に寄稿した内容の再掲載


第3回 クローズドエンド型ファンドの留意点~シングルファンド編

長引く低金利環境が、日本の年金基金におけるプライベート資産への投資を促してきたが、足元ではインフレ対応資産という側面から不動産、インフラストラクチャー、プライベートデットなどのプライベート資産が注目を集めている。また、ポートフォリオ全体の期待リターンを高めるためにプライベートエクイティへの注目も高まっている。こうした中、クローズドエンド型ファンドに投資を行う企業年金も増加傾向にあると考えられる。

クローズドエンド型ファンドへの投資に際しては、様々な留意点が存在しているが、今回はパフォーマンス評価における留意点に着目してみたい。企業年金では、信託帳票に表示される時間加重平均収益率を基に運用実績を評価している場合が多いものと考えられるが、一般的に時間加重平均収益率は個別のクローズドエンド型ファンドを評価するのに適した手法とは考えられていない*1。そうは言っても企業年金の運用に当たっては時間加重平均収益率でのパフォーマンス評価が基本となることから、本稿では、時間加重平均収益率に基づいて個別のクローズドエンド型のパフォーマンス計測を行う際にどのような点に留意するべきか、また投資効果を適切に計測するにはどのようにすればよいか考えてみたい。なお、議論を単純にするため、今回は1本のクローズドエンド型ファンドにのみ投資を行うことを前提として議論を進めることと致したい。

*1個別のクローズドエンド型ファンドではなく、複数のクローズドエンド型ファンドで構成されるポートフォリオを評価する際には時間加重平均収益率も活用される。この点については、次回「第4回 クローズドエンド型ファンドの留意点~ポートフォリオ編」にて詳述したい。

 

 

1. 中長期的な視点での評価

 

図表1 プライベートエクイティ・ファンドの収益率

①時間加重平均収益率-期間収益率(年率)
1年目
2年目
3年目
4年目
5年目
6年目
7年目
8年目
9年目
10年目
11年目
12年目
 
-24%
-16%
-7%
7%
12%
19%
21%
24%
10%
15%
15%
17%
②時間加重平均収益率-累積(年率)
1年間
2年間
3年間
4年間
5年間
6年間
7年間
8年間
9年間
10年間
11年間
12年間
 
-24%
-20%
-16%
-10%
-6%
-3%
0%
3%
4%
5%
6%
7%
③内部収益率(年率)
1年間
2年間
3年間
4年間
5年間
6年間
7年間
8年間
9年間
10年間
11年間
12年間
 
-23%
-15%
-10%
-4%
1%
5%
8%
11%
11%
12%
12%
12%
注:マーサーのプライベートエクイティ・ファンドのキャッシュフローモデルを基に収益率を算出。例示を目的としたものであり、実際の収益率は異なる。 
(出所)マーサー
 

個別のクローズドエンド型ファンドの評価を行うに当たっては、その特性上短期ではなく中長期的な視点で行うことが重要である。特に投資段階での評価には十分に留意する必要がある。図表1の上段(①)に、あるプライベートエクイティ・ファンドに投資を行った場合の時間加重平均収益率を期間別に示している。運用開始から数年間はコスト負担によりリターンはマイナスとなっているが、投資先企業の企業価値が向上しエグジットを迎える運用期間後半にかけてリターンがプラスとなっている。これらの収益率を評価する際には、投資先ファンドが現在どの段階にあるのかを考慮しながら判断することが必要となる。

もっとも、クローズドエンド型ファンドは、10-15年間の運用期間をかけて一定のリターンを創出するよう設計されているため、3年目、10年目といった特定の期間の収益率のみを断片的に評価することは、本来の趣旨にそぐわない点は指摘しておきたい。この点を補うためには、図表1の中段(②)に示すように、時間加重平均収益率を累積ベースで評価することが一つの選択肢になるものと考えられる。この事例では、12年間の累積ベースの収益率は年率7%となっており、一般的に企業年金がプライベートエクイティに期待する水準に近い値が示されている。

 


2. 投資残高の確認

 

図表2 プライベートエクイティ・ファンドの投資残高の推移(単位:億円)

国内運用機関のオルタナティブ提供状況
注:マーサーのプライベートエクイティ・ファンドのキャッシュフローモデルを基に投資残高、資金出資額、分配額を算出。例示を目的としたものであり、実際の投資残高、資金出資額、分配額は異なる。
(出所)マーサー 
 

 

個別のクローズドエンド型ファンドの評価を行うに当たっては、投資残高の水準を確認することも重要である。図表2は、1年目にプライベートエクイティ・ファンドに10億円のコミットメントを実施した場合、実際の投資残高がどのように推移するのかをシミュレーションしたものである。10億円のコミットメントを実施しても、実際の投資残高はファンドの運用期間中のほとんどの時点でコミットメント金額を大きく下回っていることが示されている。ファンドの収益を生み出すのは、コミットメント金額そのものではなく、投資先に投下された投資残高である。十分な投資残高が無ければポートフォリオ全体の収益への寄与度は低くなるため、投資残高の水準を確認しておくことは肝要である。

なお、クローズドエンド型ファンドへの投資に際しては、資金効率の観点からキャピタルコールが発生するごとに資金を拠出していくのが業界標準となっているが、投資家の中には、最初にコミットメント金額全額を信託口座に預け入れる場合もあるだろう。この場合、資金効率が低下するリスクがあるが、待機資金をどのようなプロダクトで運用するのか、また待機資金部分を含めた信託口座全体でどの程度のリターン水準を目指すのかといった点を踏まえて適切な設計を実施することにより、資金効率の低下リスクを一定程度低減することが可能になると考えられる。

 

3. 内部収益率による評価

 

個別のクローズドエンド型ファンドの評価に当たっては、これまで議論してきた時間加重平均収益率ではなく内部収益率と呼ばれる手法が業界標準となっている。クローズドエンド型ファンドは、キャッシュフロー(キャピタルコールや分配)の規模とタイミングが運用会社の投資判断に付随するものであり、キャッシュフローの効果がパフォーマンスとして反映される内部収益率が適していると考えられているためである。類似ファンド間の優劣やプライベート資産ベンチマークとの比較には内部収益率を活用するのがよいだろう。

個別のクローズドエンド型ファンドの収益率を上場市場と比較する際にも内部収益率が活用されるが、この場合、両者を単純に比較するのではなく、クローズドエンド型と同様のキャッシュフローが、上場代替資産で発生したと仮定*2して比較を行う必要がある。上場代替資産に10億円投資すると直ちに投資残高が10億円となるが、クローズドエンド型ファンドに10億円のコミットメントを行っても運用期間中すべての期間を通じて投資残高は10億円を大きく下回る(図表2)。従って、上場代替資産をクローズドエンド型ファンドと同様の条件に引き戻すことによって、はじめて両者の比較が可能となる点に注意されたい。

*2この手法はPME(パブリックマーケットエクイヴァレント)と呼ばれる。

 

このように、個別クローズドエンド型ファンドのパフォーマンス評価を行うに当たっては、時間加重平均収益率の留意点を考慮しつつ、他の指標も活用することにより適切な投資評価に繋げて頂ければ幸いである。なお、本稿では1つのクローズドエンド型ファンドに投資を行うことを前提に議論を進めてきたが、実際には複数のクローズドエンド型ファンドに投資を行うことが一般的であろう。マーサーでは、クローズドエンド型のポートフォリオ全体のパフォーマンスを適切に評価することも重要であると考えている。次回は「第4回 クローズドエンド型ファンドの留意点~ポートフォリオ編」と題して議論を進めてみたい。

 

執筆者:細谷 弥穂  (ほそや みほ)

資産運用コンサルティング部門 シニアコンサルタント

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