*当記事は「企業年金 2022年7・8月合併号」の巻頭特集に寄稿した内容の再掲載


運営管理機関の評価にあたっての具体的なプロセスと留意事項

はじめに
 

2016年6月3日公布の「確定拠出年金法等の一部を改正する法律」の一部が2018年5月1日に施行され、企業型確定拠出年金(DC)を実施する事業主は、少なくとも5年ごとに運営管理機関が実施している運営管理業務について評価を行い、必要に応じて運営管理機関の変更等を行うよう努める必要がある。施行時点でDCを実施していた事業主は2023年4月末までに評価を実施する必要があるものの、企業年金連合会が毎年行っている「確定拠出年金に関する実態調査」(2020年度決算版)によると「運営管理機関の評価等を実施している企業は、35.6%」という結果であり、法令を遵守できている事業主は一部に留まっている。

2022年3月1日施行の法改正に伴い、毎事業年度に作成が義務付けられていた業務報告書が簡素化され、かつ企業型記録関連運営管理機関を通じて提出することとなる一方、運営管理機関の評価等の事業主に課せられた努力義務の履行状況については、地方厚生(支)局において運営状況の確認を行い、履行を促していく運営へと変更する。

運営状況の確認は各事業主によってスケジュールが異なるが、運営管理機関の評価を通じて加入者等の利益を確保するという本来の目的を達成するために、速やかに運営管理機関の評価を行っていくのが望ましい。

2022年度から、全ての実施事業所を概ね5年で一巡する前提として計画される。

 

運営管理機関の評価の目的
 

DCにおいては、運営管理機関が提示する運用商品ラインアップや投資教育等のサービスが加入者等の老後資産形成に大きな影響を及ぼす。そのため、運用商品ラインアップやサービスの維持・改善を図っていくことが加入者等の利益の観点からも重要であり、運営管理機関の評価はそのひとつのソリューションとして位置づけられる。

経済学では、株主と経営者の関係を代表的な例として、プリンシパル=エージェント理論という考え方がある。これは、主たる経済主体をプリンシパル(=委託者)、主たる経済主体のために代理で活動する代理人をエージェント(=受託者)として、プリンシパルとエージェントの関係を考察するものである。

株主と経営者を例にすると、株主はプリンシパルとなり経営者をエージェントとして企業経営を委託する(経営者は企業経営を受託する)、という関係になるが、DCに関する運営管理業務に置き換えてみると、事業主はプリンシパルとなり、エージェントとして運営管理機関にDC運営を委託する(運営管理機関はDC運営を受託する)、という関係になる。エージェンシー問題は、エージェントがプリンシパルにとって望ましい行動を行わない(または、望ましくないことを行う)ことを言うが、それが生じる要因として、「利害の不一致」と「情報の非対称性」の2点があることが一般的とされている。運営管理機関が運用商品ラインアップに自社・自社グループの商品を採用するインセンティブが働きやすいことは想像に難くなく、また事業主の担当者が運用商品に関する情報量・知識において運営管理機関に劣ることはやむを得ないだろう。

エージェンシー問題を解決する方法として、エージェント(ここでは運営管理機関)へのインセンティブ付与やエージェントの監視があり、プリンシパル(ここでは事業主)はこれらの行動によってエージェントに対して忠実な行動を期待できるようになる。そのため、事業主は運営管理機関が忠実に業務を遂行するよう、適切に運営管理機関の評価を実施していくことが必要である。

現時点では、DC運営において運営管理機関への直接的なインセンティブは一般的には見られない。通常、運営管理機関へ支払う運営管理費用は加入者数比例方式だが、例えば事業主が設定するKPI(従業員の満足度指数等)に連動して費用を支払う仕組みが設定されてもよいかもしれない。なお、フィージビリティは考慮に入れていないため、ひとつのアイディアである旨お含みおきいただきたい。

 

運営管理機関の評価アプローチ
 

運営管理機関の評価の具体的な流れとして、以下を推奨する。

 

(1)体制整備

運営管理機関の評価を実施するためのメンバーについては、事業主ごとに検討すべきであるが、概して企業年金基金や財務、人事、労働組合等よりメンバーを選出し、幅広い視点から検討を行う体制を整えるほうが望ましい。さらに、評価にあたっては各メンバーの専門的知識も必要となるため、結成後には勉強会を実施したり、運営管理機関やコンサルティング会社等が実施しているセミナーに参加したりするなど知識拡充や情報収集に努めるべきだろう。

(2)評価項目等の決定

評価項目の検討にあたっては、まずDCを実施する目的を今一度確認することを推奨する。確定給付型の企業年金制度からDCへの移行が活発な2010年前後は、資産運用リスクの削減等、財務的な観点がDC移行の主な理由だった。しかし、現在ではジョブ型人事制度との親和性の観点からDCを活用しようとしている企業も増えている。もちろん運用成績は重要な観点であるが、加入者等の自律支援ができているか、という観点も人事戦略上ますます重要視されていくだろう。

具体的な項目については、法令解釈通知第10や企業年金連合会の「企業型確定拠出年金制度運営ハンドブック」において、図表1の項目が例示されているため、これらを参考にして自社にあった評価内容をDCの実施目的等を踏まえて検討いただきたい。また運営管理機関の評価は法令上少なくとも5年に一度という頻度が設定されているが、設定した評価項目の中にはより短いスパンで評価すべき項目もある。項目ごとに必要な評価頻度についても併せて考慮いただきたい。

なお、項目の設定にあたっては自社のリソースだけでは困難である場合が多いだろう。それを補うためにも、客観性、専門性のある第三者への協力依頼を選択肢として推奨する。

 

図表1 評価項目例

法令解釈通知第10より抜粋

① 提示された商品群の全て又は多くが1金融グループに属する商品提供機関又は運用会社のものであった場合、それがもっぱら加入者等の利 益のみを考慮したものであるといえるか。 
②  他の同種の商品よりも運用実績や手数料などが劣っていた場合、加入者等の利益のみを考えて選定されたものか。
③  商品ラインナップの商品の手数料について、詳細が開示されていない場合又は開示されているが加入者にとって一覧性が無い若しくは詳細な内容の閲覧が分かりにくくなっている場合に、なぜそのような内容になっているか。
④  確定拠出年金運営管理機関が事業主からの商品追加や除外の依頼を拒否する場合、それがもっぱら加入者等の利益のみを考慮したものであるか。
⑤  確定拠出年金運営管理機関による運用の方法のモニタリングの内容(商品や運用会社の評価基準を含む。)、またその報告があったか。
⑥  加入者等への情報提供が分かりやすく行われているか(例えば、コールセンターや加入者Webサイトの運営状況)。

企業型確定拠出年金制度運営ハンドブックより抜粋

(組織体制や事業継続性) 運営管理業務の運営体制や運営管理機関の信用及び財産の状況等
(その他のサービス) 継続投資教育を委託している場合の教育内容や方法等
(運営上の支障) コールセンターやWebで誤った説明や対応が行われていないか
加入者等の運用指図が反映されない等のトラブルが生じていないか
その他深刻なトラブルが生じていないか

 

(3)評価の実施

運営管理機関から提供されるモニタリングレポートや加入者等へのアンケート、客観性、専門性のある第三者の見解を用いて評価することが望ましい。加入者等の習熟度や満足度については、運用状況のみでは判断しづらいため、例えば投資教育後に加入者等へのアンケートを実施し、その結果を評価や今後の運営を検討する際に活用いただきたい。評価にあたっての具体的な留意事項は後に解説する。

(4)運営管理機関に対する改善提案

評価結果をフィードバックし、運営管理機関と今後の運営に関する協議を実施する。評価を通じた対話により、加入者等の利益になるような制度運営を目指し、長期にわたる信頼関係の醸成とパートナーシップの発揮につなげていきたい。改善提案以降も、運用商品ラインアップやサービス面での改善が見られない場合は、加入者等の利益を尊重し、運営管理機関の変更を検討すべきだろう。

 

評価にあたっての具体的な留意事項
 

運用商品ラインアップと加入者等の自律支援を促すサポートの評価にあたっての留意事項を述べる。

 

(1)運用商品ラインアップ

運用商品ラインアップの提示は法令上、運用関連業務を行う運営管理機関が選定することとされており、法令解釈通知にて、「もっぱら加入者等の利益のみを考え、手数料等も考慮した加入者等の利益が最大となるよう、資産の運用の専門家として社会通念上要求される程度の注意を払いながら運用の方法に係る金融商品の選定、提示及びそれに係る情報提供を行うこと」とされている。

導入以降、定期的に運営管理機関自身で運用商品の評価を実施し事業主に説明しているものの、実際は、信託報酬面や運用成績面で明らかに劣後しない限りは「差し支えないと認められる」といった評価になってしまうことも散見される。そのため、事業主は前述の図表1のような観点から評価を定期的に実施していく必要があるが、以下①、②に特に留意いただきたい。

① 運用商品の手数料の水準

運用商品の手数料(主に投資信託の販売手数料、信託報酬等)は、運用成績にかかわらず確実に発生する費用であり、その多寡は将来の運用成果に大きな影響を与える。特に信託報酬は運用を継続している間ずっとかかってくる費用であり、わずかな差であっても長期間の運用を通じて資産額に大きな差異が生じることになる。前述した通り「差し支えないか」という観点よりも、特にパッシブ商品においては選択可能な最安値の商品と異なる場合は合理的な説明が可能か、という観点から評価いただきたい。
近年における投資信託の信託報酬の低廉化や2018年5月1日、2021年7月28日の法改正による運用商品除外に関する同意要件緩和、除外方法選択肢の拡充を受けて、特にパッシブ商品を中心に、信託報酬の高い商品から最安値の商品に入替えを行う事業主が増加していると実感する。
2022年10月より、全加入者が個人型確定拠出年金(iDeCo)に加入することが可能となるが、例えばiDeCoで選択可能な商品の信託報酬に比べて、事業主が実施するDCの運用商品のほうが高いということになれば、事業主が実施するDCに対する満足度低下につながる可能性も懸念され、定期的に確認することを推奨する。

② アクティブ商品の運用成績

アクティブ商品は市場を上回る投資成果を目指す運用方法である。
パッシブ商品に比べ商品ごとの運用成績の差が大きく発生する可能性があるため、アクティブ商品が運用商品ラインアップに含まれる際は特に留意して評価することが望ましい。アクティブ商品はその特徴から、過去の運用成績が将来の運用成績を約束するわけではないため、定量評価に限定せず、定性評価も併せて行う必要がある点に留意いただきたい。
定性評価とは投資哲学・戦略・手法等をもとに評価する方法を指し(図表2参照)、一般的には運営管理機関から情報収集した場合であっても事業主が単独で実施することは困難であるため、第三者機関を活用するなどが考えられる。

 

図表2 定量評価・定性評価

定量評価 投資信託の運用実績の評価を行う際に、過去の運用実績を一定の統計的手法により分析し評価する方法のこと。
定性評価 運用会社の運用哲学・運用プロセスや効率性や、ファンドマネージャの資質、ディスクロージャーの質などを定量的な運用実績以外の要素により検証・評価する方法のこと。
(出所)一般社団法人投資信託協会の用語集より抜粋

 

最近ではグロース株の下落が特に顕著であるが、2021年までは全体的にグロース株の運用成績がバリュー株に比べて良好であったため、例えばグロース株の中では運用成績が振るわなかった商品であってもベンチマークを上回る結果になっていることもあり得るため、運用手法の違いも踏まえて評価する必要があることにも留意いただきたい。

 

(2)加入者等の自律支援を促すサポート

投資教育の継続的な実施は事業主の責務となっており、事業主は投資教育の継続的な機会提供に努めることが重要であるが、実際は運営管理機関やFP等に委託している事業主が大半だろう。新型コロナウイルスの影響で2020年度は対面型の投資教育も激減したが、現在は徐々に回復してきており、またWeb会議システム等の非対面型での投資教育や加入者Web等の自己学習サポートツールに注力する運営管理機関も増えている。

加入者等の自律支援を促すサポートにおける評価内容としては、投資教育の内容を決定するまでのアプローチ(企画提案)や実際の説明会での分かり易さ、加入者Webのコンテンツの充実度がポイントとして挙げられる。

投資教育の内容は、モニタリングレポートや加入者等のアンケートをもとに運営管理機関と事業主が協議の上、検討していくのが望ましいと考えられるが、運営管理機関がテンプレートとして用意している典型的な資産運用に関する内容に偏っているケースも散見される。資産運用に関する内容に限定せず、各加入者等自身が資産形成の計画を立てられるような内容にももっと重点を置くべきではないだろうか。なお、“資産形成”は金融資産等の“有形”資産だけでなく、スキルや心身の健康等の“無形”資産も取り上げていくのもよい。「評価項目等の決定」にて記した通り、自社のDCを実施する目的を鑑み、教育面で何を重視するか再考いただきたい。

また、DCをビジネスの中核と捉え、テクノロジー等への投資に積極的な運営管理機関とそうでない運営管理機関でのサービスの質は今後拡大していくと考えられるため、他の運営管理機関の情報も踏まえた上で評価していく必要がある。例えば元本確保型商品に資産の100%を振り分けている加入者に対して加入者Webを通じて個別に注意喚起するメールを自動配信するシステムを提供する運営管理機関もあり、元本確保型での運用比率を低下させたい、とお考えの事業主にとっては有益な仕組みだろう。

また、個人個人のライフプランも多様化する中、パーソナライズされた情報提供を実現するため、運営管理機関がFPと提携し、投資教育セミナーの後にFPとの個別相談会を設けるケースも増えてきている。

 

おわりに
 

運営管理機関の評価を通じた対話により、加入者等の利益につながるような制度運営を目指すことが今後ますます求められる。前記に関することを社内で検討する際に生じた疑問やアイディアについても積極的に運営管理機関に共有いただきたい。

新型コロナウイルスの影響によって、働く時間も場所も多様化する中、社員間の十分なコミュニケーションをどう確保するかが重要な課題になってきており、Webでの社員交流会を実施するなど、対策を講じる企業も増えてきた。「人生100年時代」等をテーマにして社員間でディスカッションさせるなど、コミュニケーションツールとして投資教育を活用することも検討に値する。

 

執筆者:永島 武偉  (ながしま ぶい)

年金コンサルティング部門 シニア アクチュアリー
日本アクチュアリー会正会員 年金数理人

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