*当記事は「企業年金 2022年4月号」の「資産運用コンサルタントの視点」に寄稿した内容の再掲載


第1回 ポートフォリオの整理

いわゆる「オルタナティブ投資」への取り組みが急速に拡大した2003年ごろは、来るべき金利上昇に対する一時的な退避先という側面があったものと見られるが、その後金利低下が進行し、ゼロ金利環境が定着すると、折からの株高も加わり、「債券や株式に替わる収益源」として存在感を高めつつあると感じる。図1は、国内の運用機関によるオルタナティブ商品の提供残高を、上位5資産について示したものである。10年国債利回りが0%に達した2016年以降、プライベート・エクイティ、不動産、インフラストラクチャーの残高が着実に増加していることを確認できる。

 

図1 国内運用機関のオルタナティブ提供状況

国内運用機関のオルタナティブ提供状況

 

本連載では、年金運用の投資対象として拡大してきたさまざまな資産を、投資環境に対応したポートフォリオ・デザインにどのように活用できるか、資産運用コンサルタントとしての経験にもとづき紹介していきたい。しかし、その初回にあたり、物価の上昇とそれを契機とする金利水準の回復傾向も見られる今、年金運用の基本的なポートフォリオの考え方について、その背景を含めて整理しておく。いわば、ポートフォリオに多様な資産を迎え入れる準備としての論点整理である。

 

1.リスク・プレミアムの整理
 

年金運用の基本的な収益の源泉は、経済活動の果実の分配である。悪天候ですべての実が落ちてしまえばその年は収穫がないかもしれないが、豊作の年は、みんなで分配を受けることができる。価値が新たに創造されている限りその分配を受けることができるが、誰に (どんな) 価値の創造を託すか、分配をどのように受けるかで、図2のように、負っているリスクの互いに異なる投資対象が生まれる。

 

図2 投資資産のリスク・プレミアム

投資資産のリスク・プレミアム

 

たとえば、先進国の国債と比較すると、一般企業の発行する無担保社債は元利払いの確実性は低いと考えられ、仮に両者の利金と償還期限が同じであれば、社債のほうが安値で取引されるだろう。しかしその分、元利払いが約束通り行われた場合のリターンは高い。年金資産が長期投資による獲得を目指しているのは、この、リスクに応じた価格の格差である。これを「リスク・プレミアム」と呼ぶ。リスク資産が、将来生み出す利益・配当とその不確実性に応じて正しく価格付けされていれば、相応に安く買えているはずで、短期的に価格が下落することがあっても、長期的にはその価格差の恩恵を受けられる。

図2の「事業リスク」は、分配金 (原資) が事後的にしか決まらないリスクを表し、「再投資リスク」は、分配金原資のすべてが投資家に還元されず、一部の使途を内部留保として他人に託さざるを得ないことに伴うリスクを表す。債券はあらかじめ利金が決まっているため、「事業リスク」を負っていないと考えられ、また、原則として配当可能利益の90%以上を分配する不動産投資信託 (REIT) は、「再投資リスク」が限定されていると考えられる。投資家は、このようにさまざまなリスク・プレミアムを分散しつつポートフォリオに取り込み、長期的な収益の獲得を実現しようとするのである。

 

2.「伝統的資産」の位置づけ
 

「伝統的な運用」においては、投資対象を国内外の債券と株式の4資産とし、とくに海外資産については先進国の国債および先進国取引所に上場する株式とされた。図2に整理したリスク・プレミアムを対応させると、左右の両端に偏っている。したがってその中間領域、すなわち債務不履行リスクの高い債券や、再投資リスクの低い株式 (エクイティ) に、分散投資を拡大する余地がある、ということだが、その前に、なぜ伝統的な運用では投資領域が限定されていたのか考えてみることに意味がある。

図3は、それぞれのリスク・プレミアム領域における市場規模 (時価総額) を示したものである。端的に言って、伝統的な運用対象である両端の市場規模と比較すると、中間領域の市場は圧倒的に小さい。規模の小さい市場においては、大きな資金の流出入を受け止めきれない可能性がある。ちょっと大きな資金が流れ込んでくると価格は割高な水準に定着し、反対にわずかな換金圧力で暴落する事態も想定される。「株と債券の中間的な性格を持つ」と言われたREITが、グローバル金融危機に際して株式以上の下落を経験した要因の一つであるとも考えられる。

 

図3 投資資産の市場規模

投資資産の市場規模

 

小規模市場への投資で懸念されるのは、リスク・プレミアムの存在の重要な前提である「価格の適正性」が担保されない可能性である。継続的な資金流入があって恒常的に割高になっていれば、負っているリスクに対して十分なリターンが出にくい。「いつ投資してもリスク・プレミアムを期待できる」資産とは考えられず、割高な時期を避けて投資するよう、タイミングをうかがう必要が出てくる。そうなれば、政策アセットミックスを割り当てて管理するべき資産とは言いにくくなってくる。

海外資産が「先進国」とされていたのも同じように考えることができる。厳密には「先進国」という定義ではなく、外国人も自国民と同じように売買でき、相応の規模と流動性があって情報公開などの基盤が整備されている国、が、伝統的な運用の投資対象だが、いずれの条件も「価格の適正性」を担保するものであると考えれば、整理できる。世界中の投資家の分析対象となれば、適切な価格付け機能を市場に期待できると考えられるからだ。

投資対象の拡大にあたり、それは長期投資資産として政策アセットミックスを割り当てて管理するに値する資産なのか、それとも、政策アセットミックスの割り当てられた資産の中で、分散投資の一環として取り組むべき資産なのか、整理しておきたい。残高の維持・調整が容易であるかどうかも、政策アセットミックス管理のポイントになる。

 

3.投資対象拡大の方向性
 

投資対象の拡大は、図2の中間領域のほかに、投資家が、①「流動性リスク」をどこまで許容できるか、②「運用機関裁量」をどこまで許容できるかという二軸の先にも向かう先がある。図4に示したように、①の先にはプライベート資産が、②の先にはヘッジファンドがある。

 

図4 投資対象拡大の方向性

投資対象拡大の方向性

 

流動性リスクに対する許容度は、年金投資家の場合、制度の成熟度と関係がある。たとえば20年後まで換金の必要に迫られない資産がどの程度あるか、負債予測やキャッシュフロー予測を通じて把握することができる。期中に年金制度自体が見直されるリスクもあるが、少なくともすでに確定した受給者分についてはある程度見込みが立つ。ただし、流動性リスクに対する許容度は、加入者や制度母体企業の理念や社風に負う側面もあると考えられ、慎重に検討されたい。

運用機関裁量に対する許容度は、運用成果が市場動向に左右されることを嫌う場合に取り得る選択肢である。一時的ではあっても大きく下落するリスクを避け、どんな環境の下にあっても、安定的に収益を積み上げたいとする要求に応えようとするものではあるが、あくまで運用機関の運用能力に負うものでありつねに奏功するとは限らないこと、運用報酬が高くなりやすいこと、そうはいっても過去の経験上、どの運用も同じように負けた局面もあったことなどがリスクである。

昨今、すでに多種多様に分散されたポートフォリオを前任者から引き継いでいる運用担当者も多いものと察せられるが、ここに記したような考え方も切り口に、一度ポートフォリオを眺めなおしてみることをお勧めしたい。

 

執筆者:今井 俊夫 (いまい としお)

資産運用コンサルティング部門 プリンシパル

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