*当記事は「オル・イン Vol.65 2022年秋号」の「コンサルタント・オピニオン」に寄稿した内容の再掲載


低ボラティリティ株式運用

マーサーでは従来、最小分散運用をはじめとする低ボラティリティ株式運用について、リスク調整後の長期リターンの改善に寄与し得る選択肢と評価している。しかし、新型コロナ感染症のパンデミックやその後の回復局面に相当する期間の市場対比の運用実績の劣後を受け、今後も良好なリスク調整後リターンを再現できるかにつき、一部の投資家の確信度は揺らいできているようだ。そこで、本稿では、この間の運用実績の推移とその背景を整理してみたい。

低ボラティリティ運用の代表的な指数であるMSCI最小分散指数の運用実績をみると、2008年4月以後の市場全体との比較は図1のとおりである。

 

図1 MSCI 最小分散指数
MSCI World対比の累積超過収益 

図1 MSCI 最小分散指数 MSCI World対比の累積超過収益
出所)Refinitvのデータをマーサーが加工。円ベース 2008年3月から2022年7月

 

2020年3月から2021年10月までの期間、MSCIワールド指数のリターンは、驚異的な水準の62%であったのに対し、MSCI最小分散指数のリターンは、「わずか」29%であった。最小分散指数は、2020年1-3月期には若干のプロテクション効果を発揮し、ワールド指数対比で5.5%ポイントのマイナス抑制をできていた。その後も、堅調な利益成長と相応の株価上昇を実現していたのである。しかし、期待を上回る成長を実現し、かつ金融緩和下でバリュエーションが切りあがったグロース株には敵わなかったことが市場全体に対するこの間の劣後の主因と考えられる。

また、ワクチンへの期待からシクリカル・バリューが反騰した局面でも市場の価格上昇に十分に追随することはできなかった。とはいえ、2021年11月以後は、投資環境の不透明性、不安定性が意識されるようになる中、低ボラティリティ株式の相対リターンは回復してきている。また、今後に向けても金利上昇と経済成長率の低下が同時に起こるようなシナリオ(スタグフレーション)では分散効果を発揮しやすいと考えられる。このように、この間の低ボラティリティ運用の(あくまで相対的な)不調は、一時的な経済・市場環境の変化によるもののようであり、何かが構造的に変調をきたしている兆しは必ずしも見当たらない。


図2 MSCI 最小分散指数 
MSCI World対比のPBRプレミアム  

図1 MSCI 最小分散指数 MSCI World対比の累積超過収益
出所)Refinitvのデータをマーサーが加工1994年7月から2022年7月

 

一方で、バリュエーションを見ると、MSCI最小分散指数のPBRは、コロナ禍の下、一時的に市場対比でディスカウントとなっていたが、2022年7月末には過去10年平均程度の水準、つまり市場全体に対してプレミアムのついている水準に戻っていることには留意が必要である。

トラッキング・エラーが高く、絶対リスクの抑制に注力する低ボラティリティ株式運用は、短・中期でみた株式市場指数対比の相対リターンの安定性を重視する投資家には適合しない面もあるが、長期的かつ絶対リスク・リターンを重視する投資家には、引き続き有用な選択肢となるだろう。

 

執筆者:竹内 康孝 (たけうち やすたか)

資産運用コンサルティング部門 シニア コンサルタント

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