児童手当の所得制限撤廃等に向けて考えておきたいこと

2023年1月に招集された第211回通常国会では、子ども・子育て政策における経済的支援策の拡充案として、児童手当の『所得制限撤廃』と『支給期間延長』が議論されている。民主党政権下の子ども手当導入時には海外派遣者の関心も高まったことから、今回の児童手当拡充案が実現した場合に備え、派遣者に対して児童手当相当額を企業は補償する必要があるだろうか考えておきたい。

先の子ども手当制度では受給資格者の日本国内居住が支給要件となっていた。これに対して現行児童手当制度は以下となっている。

対象児童:日本国内に住所を有する中学校終了まで(15歳に到達後の最初の年度末まで)の児童(住基登録者:外国人含む)
受給資格者:監護・生計同一(生計維持)要件を満たす父母等

また、世帯で最も収入の高い人の年収額によって給付に制限がかかり、特例給付として子ども1人あたりの支給額が減額される仕組みとなっている。

今回検討されている見直しは対象児童や受給資格者増につながり、社会の関心は高まるものと思われる。一方で、対象児童の国内居住要件は変更がないようだ。海外派遣が決まって初めて、日本国内居住が支給要件だと気付く人はいるかもしれない。そこで派遣者からどのような問合せが寄せられるだろうか想定しておこう。

  • 「なぜ派遣者には児童手当が支給されないのか?」
  • 「海外派遣によって得られるはずだった児童手当が得られなくなるのだから、会社は相当額を補償する必要があるのではないか?」

前者は児童手当制度に関するもの、後者は会社方針に関わるものと整理でき、これらは混同しないようにしたい。児童手当は国の制度であり、支給要件に関して企業は回答のしようがない。それ故に会社方針に対する派遣者の要請はより一層強くなることが想定される。派遣者に理解してもらえるよう、補償しないロジックを整理しておこう。

 

基本的な考え方:

  • 児童手当は国の制度であり、国が定めた受給要件について企業は如何ともしがたい
  • 自社の原資をもって相当額を海外派遣者に支給することは各企業個々の判断である
  • 児童手当受給を優先するならば、海外派遣を見送るか帯同形態を検討する選択肢がある

 

補償しない場合のロジック

 

まず、児童手当制度は国の制度であり、そこで定められている受給要件に照らして受給資格がないのであれば当然支給はされないという原則がロジックの柱となる。所得制限が撤廃されたとしても、支給期間が延長されたとしてもこれは変わらない。「海外派遣により逸失したものとして会社は補償する必要があるのではないか」という派遣者の声は児童手当に限らず多い。しかし、海外派遣するかしないか、子女を帯同するかしないかを判断したのは派遣者本人である。子女を帯同して海外派遣した場合は受給要件から外れることは明白なので、児童手当受給を優先したいのであれば、“海外派遣を見送る”または“単身で赴任する”選択肢がある。ただし、海外派遣規程などに、家族帯同が原則であるなど明記されている場合は、このロジックは用いることができない。心当たりがある方は、早急に見直すことをお勧めしたい。

海外派遣を成功させるためには、処遇制度などの整備と共に派遣者本人の意識も重要である。“行かされている”という意識が払拭できないと、児童手当に限らず処遇に関する不満を持ちやすく、またその不満を解消できないままでいれば最善のパフォーマンスを発揮することは難しい。“児童手当を受給できないとしても、子女を帯同することで得られるだろう貴重な経験をさせたい”という意識と、“児童手当を受給できなくなるし、本音を言えば派遣だって行きたくない”という意識では、その差は歴然だろう。“児童手当が得られなくなるから海外派遣を見送る”という派遣者の判断であるなら企業は尊重した上で、他の候補者を選定することになろう。

 

補償する場合のロジック

 

国の子育て支援制度において受給対象外となる社員世帯に対して自社の原資をもって同等の補償が必要であると考えるのであれば、企業独自で補償することで良い。この場合は独自の方針であることをぜひ伝えていただきたい。

 

補償する場合の留意点

  • 原資は企業が負担することとなり、派遣者コスト負担が増すことは受け容れなければならない
  • 国の児童手当制度以外にも、地方自治体や市町村レベルで実施されている各種施策(例えば、児童に対する医療費全額免除など)についても、補償するしないを整理しておく必要がある
  • 派遣元となる国や地域が複数ある場合は、各国の制度に精通しておく必要がある

 

2021年にマーサージャパンが実施した『海外派遣規程および福利厚生制度調査レポート』で、日本企業の実態を把握してみよう。圧倒的に多い307社(82%)は「派遣者に対して児童手当相当を補償していない」と回答している。判断した理由をヒアリングしてみると、“国が定めた受給要件に照らして受給資格がないのであれば補償しない”という声が多い。新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として実施された特別定額給付金においても同様のロジックが用いられており、“基準日(2020年4月27日)において住民基本台帳に記録されている人が支給対象者”と定められていることを根拠(この基準日に海外派遣されている場合は受給資格がない)として判断された企業は多い。

今国会で児童手当制度がどのように変更されるのかは現時点では不明であるが、出産一時金や育休制度など子ども・子育て支援策は拡充されていく動きがある。今後、より一層企業に求められるのは、優秀人材の確保やAssignee Experience、Employee Experienceを考慮し、派遣者が納得して海外で活躍できる環境整備であろう。また、海外派遣によって日常生活を取り巻く環境が変化することに加えて、これまで得られていたものが得られなくなったり一部が得られなくなったりする可能性が生ずることを派遣者自身も想定しておかなければならない。その上で自社の処遇内容を理解し、海外派遣するかしないかを判断する。海外派遣することの意味や価値を考え、納得して海外派遣をスタートさせていただきたい。企業は派遣者が判断するための機会を適切なタイミングで与えることも考えてほしい。

 

児童手当の所得制限撤廃等に向けて考えておきたいこと

執筆者: 山縣 勘介 (やまがた かんすけ)

プロダクト・ソリューションズ プリンシパル