コンサルタントコラム 692
M&Aを成功させる為に有効な社内体制とは?

M&A(企業の買収・統合)が活況である。日本企業による海外企業のM&Aは、2015年1~8月で7兆円を突破し、年間で過去最高だった2012年をすでに上回った。事業会社が海外展開を図る上でのM&Aの重要性は増しており、社内でM&Aを経験した事がある方も増えていると思う。

一方で、バブル崩壊後の案件を例に出すまでもなく、M&Aは失敗例も数多く、その有効性を疑う声も多い。ただ、グローバルで競合がM&Aを駆使して成長を図る中、M&Aを戦略オプションから外す事は難しい。多くの事業会社にとってM&Aは、"必要か不要か"を議論するものではない。"必要なM&Aを成功させる施策、リスクを減らす施策は何か"が真の問いであろう。

私は、現在コンサルタントとして、クロスボーダーM&Aにおける組織人事のDD(Due Diligence:買収先の精査)、PMI(Post Merger Integration:買収後の統合)サポートをしている。また、前職では、ファイナンシャル・アドバイザーとして、M&Aの検討開始~成立までのサポートをしていた。これらの経験を通じ、M&Aを成功させる為には社内体制を整えることが重要であるとの考えに至っており、私が有効と考える社内体制について述べてみたい。

M&Aを成功させる為に有効な社内体制には、以下の2点が重要と考えている。

  1. 買収後に買収先を管轄する事業部(買収先の内容によっては機能部)が主体となってM&Aの起案をすること
  2. M&AおよびPMIの専門チームを持つこと(理想的にはそれぞれ)

まず1であるが、実際によく聞く失敗の1つが、「M&Aの起案・実行は経営企画部、成立後の管轄は事業部」という例である。経営企画部は買収の成立までに責任を負うが、買収成立後の事業計画の達成は事業部が責任を負う。この場合、当該M&A全体の責任の主体が経営企画部なのか事業部なのか明確でない為、責任のなすり付け合いになりやすい。買収時に経営企画部が立てた事業計画と、買収後に事業部が立てた事業計画が別に存在するケースもあり、この場合、果たして買収価格は適正だったのか極めて疑問が残る。

その為、初めの案件開発は経営企画部が行う場合においても、本格的な買収の起案は、必ず関連する事業部が主体的に行うべきと考える。そして、買収の決議をする際には、関連する事業部が買収先の管轄責任者を定め、その責任者が妥当と考える事業計画をもって、買収価格を決めるべきだと考える。もちろん、その事業計画が達成されたときには、責任者には適切な報酬が与えられるべきである。

次に2であるが、私は、事業部のみに全ての権限が与えられ、買収が完結する社内体制も望ましくないと考えており、M&AおよびPMIの専門チームを社内に持つべきだと考える。それは、知見の集約を行う為である。例えば、組織人事の観点から「買収先の経営者に対するリテンションボーナスを、どのように幾ら支払うか」がよく論点となる。事業部毎にM&Aが完結する場合、リテンションボーナスに関する考え方が社内で統一されず、相手の言うがままに多額のリテンションボーナスを支払ったり、逆に市場水準から見て魅力的でないプランを提示し、後に買収先の経営者が離職するリスクを高めてしまう。M&Aは、法律・会計・税務・組織人事・環境・ITなどの総合格闘技と言われ、相当に複雑である。一度経験したM&Aの知見が全案件に共有されるよう、専門部隊を置く意義は大きいと考える。

なお、M&A / PMIを分けずに1つの専門M&Aチームのみを持っている企業も多いと見ている。しかし、私見として、M&Aの専門性を持つ人は、総じて案件成立後、その案件への興味を急速に失いやすい傾向にあると考えており、また、M&AとPMIでは似て非なる専門知識が必要になる為、理想的にはM&Aのみならず、PMIの専門チームを社内に持つべきと考える。

上記の考えを踏まえ、私が望ましいと考える社内意思決定の流れは以下のとおりである。M&Aに長年関わってきた身として、多くの企業が有効にM&Aを活用し、より世界に存在感を増す企業が増えて欲しいと切に願う。

案件開発 起案 決議・成立 管轄
(1)経営企画部
(2)事業部
※いずれも可
主体:事業部
支援:M&A専門チーム(経営企画部)および各コーポレート部門
経営会議
取締役会
主体:事業部
支援:M&A専門チーム(経営企画部)および各コーポレート部門