コンサルタントコラム 649
M&Aを振り返る?
佐々木 玲子

執筆者: 佐々木 玲子(ささき れいこ)

グローバルM&Aコンサルティング プリンシパル

世に様々な学習論、学習方法あるいは勉強指南書がありますが、最もパワフルな学習方法の一つが「自らの経験」を「解釈して」「共有する」ことではないでしょうか?目を覆いたくなるような失敗からのひりひりとした思いを心の奥に仕舞い込まず、逆にこれに積極的に対峙するのは、傷口に塩を塗るような行為であり、決して愉快なものではありませんが、学びという意味では極めてパワフルかつ定着度の高いものではないかと思います。また、安心できる環境下で個々人の豊かな失敗および成功の経験をビビッドに共有できることは、組織にとっても極めて有益ではないかと考えます。

さて、経営手法として今やすっかり定着したクロスボーダーM&Aですが、多くの日本企業は案件を積み重ね、これまでの案件とその成果を振り返り、より適切なアプローチを模索する段階に入ってこられています。マーサーにはM&Aに関するご支援のお問い合わせが多く寄せられますが、最近ではこのM&Aの振り返り、アプローチの再構築に関する内容の増加が顕著です。中でも更に高みを目指すための、大きなディールが目の前にある企業からのお問い合わせが多いように思います。

M&Aの振り返りプロジェクトにおいては各ディールの現状を評価し、案件が当初想定していた価値を創出できているのかという本質的な点が何よりも問われます。特に組織・人事面での振り返りとしてよく見受けられるものをご紹介すると...

  • 「複雑性が低いディールであり、スピードを重視するあまり人事デューデリジェンスを十分に実施してこなかった。それが現状にインパクトを与えているのではないか?」
  • 「買収対象会社、買収対象外の所在国の組織・人事関連のリスク・インパクトは、初期段階でより適切に把握できていたのではないか?」
  • 「ディール時に現状維持を約束したことが、PMIでもめたり、自社各種ポリシーと整合性が取れなくなった原因ではないか?」
  • 「そもそも人事が事業やディールチームに対して提供すべき価値とは何なのか?」

こうした一連の問いに向き合うために、ディール実施時の人事担当者や、ディールチーム、PMI担当チーム、各国の人事等のステークホルダーにお話をしっかりと伺い、各ディールでの経験を振り返ります。その上で何ができたのか、何をすべきだったのか、何故そうしなかったのか等、行動を振り返り、解釈し、最終的には組織の中に共有していきます。

一連の振り返りのプロセスは、これまでディールをご担当者されてきた関係者の内省、学びにとどまりません。これからM&Aを担当する方を適切に巻き込むことで、新規担当者の学びの立ち上がりと定着化につながります。また、振り返りの結果を受けて、ディール実施上で修正または新たに取り組むべきプロセスが見極められ、対策が取られれば、来るべき次のディールへの備えが万全となります。

このような取り組みは、何も日本企業に限った話ではありません。例えばマーサーの米国チームでもM&A Playbookというサービス領域を設け、同様のサービスをご提供しています。買収を繰り返している手練れの米国企業も、外部アドバイザーを入れ、次のM&Aに備えるという活動を意図的に実施されているのです。

冒頭の文章で少し誤解を生んでしまったかもしれませんが、振り返りは必ずしもひりひりとするような経験にのみ焦点を当てるわけではありません。ディールのうまくいったこと、成功を追体験し、ディール関係者間の相互理解の促進と期待値設定のための対話の場でもあります。今後も買収を通じて成長を加速することを目指されている企業にとって、M&Aの振り返りは、ある時点で必ず必要となるプロセスといえるでしょう。

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