コンサルタントコラム 640
多国籍企業のクロスボーダーM&Aにおけるプロジェクトマネジメント
 

執筆者: 柴山 典央 (しばやま のりお)

グローバルM&Aコンサルティング アソシエイト コンサルタント

サッカーワールドカップが開幕し、約1か月をかけて世界32の国が鎬を削り、世界の頂点を目指す。誰もが知る大国から、普段聞きなれない小国にもスポットが当てられ、様々な文化や価値観に触れる機会ともなる。2020年には日本は東京オリンピックの開催国となり、この側面をより強烈に目の当たりにすることとなるだろう。

こうした文化も言語も違う様々な国を統べて大会開催に漕ぎ着けるFIFA、IOCおよび開催国のマネジメント力もさることながら、クロスボーダーM&Aにおいても相応の多国籍マネジメントが要求される。日本に本社を構える企業にとって、多国籍企業を買収した際、一気にカバーしなければならない関係者や関係国数が増え、マネジメントの要求水準が上がる。買収後の日々のオペレーションにおいて共通する部分があると思われるので、筆者が経験した多国籍企業の買収におけるチームのマネジメントを例に挙げる。

昨今、トレンドに変化はあれ、日本企業による多国籍企業・事業の買収が続いているが、M&Aにおいては買収契約を締結するまでのデューデリジェンス(DD)フェーズと契約締結から買収完了に至る(Do by close)フェーズでは、売主企業(セラー)から開示される情報量が大きく異なる。DDフェーズでは開示されなかった深度の被買収企業本社の情報に加え、時間的な制約等から多くの場合ほとんど開示されることのない小国の情報もDo by closeフェーズでは一気に開示される。

特にセラー企業の一事業部のみを買収する事業買収においては、被買収事業の従事者の転籍プロセスが発生するため、転籍者に対する雇用契約・就業条件を提示することが必要となる。この為、多くの情報を短期間で読み解くことが求められるが、市場慣行や法制の違いから、日本側でこれらの情報を見るのではなく、各国現地のコンサルタントにドラフトを依頼することとなる。予め決められたクロージング日までに転籍者のサインを雇用契約書にもらい、福利厚生プランの立ち上げまで原則全て完了する必要がある。日本側では実作業が多くは発生しない分、全体プロセスのコントロールがより重要な役割となり、それに多くの工数を割くこととなる。

通常の事業運営同様、M&Aでも多くの場合、現地の担当者は他の仕事やプロジェクトを抱えており、必ずしもこちらの意向を優先してくれるとは限らない。煙たがられない程度に、適宜フォローアップを行い、日常的なコミュニケーションでこちらのことを忘れさせないようにする必要がある。また、重要な点は、一つのプロジェクトに対してメンバー全員が共通の認識を持っていることであり、プロジェクト全体に影響する事項は可能な限り全メンバーにも共有しておくことである。

Do by closeのフェーズにおいて共通認識を持つべき事項は、買収そのものの背景、買収契約で合意されている内容、全体プロセス、タイムラインやセラーとの会話内容等である。これらの事項は時間と共に変化していく内容も含まれているため、変化があり次第必要に応じてアップデートしていくことを忘れてはならない。これを怠ると、本社はAと言っているのに現地はBと言っている、あるいは既にBの前提で作業が進んでいる、など混乱が生じ、時間のロスにつながる。

当然国数が多い場合、その分だけコミュニケーションコストがかかる。筆者は先日まで同一案件で、8か国のマネジメントを担当していたが、たった一通の情報共有メールに対して質問がその8倍返ってくるため、コミュニケーションに多くの時間を要する。しかし、前もって情報を遺漏なく共有しておけば、オファー時に転籍者の処遇条件決める際も、各国からプランが上がってきた時点で買収契約との整合性が既に取れている。仮にセラー側が内容の確認を要求しても、こちらの不手際でLast minutesにおける不要なやり取りが発生することも少ない。

一見当然のことを論じているが、こちらがコントロールしようとしているものも生き物である。個々人の事情、言語、文化、パーソナリティ、また、時差が障壁となり、うまく伝わらないことがある。現地担当者個々人のスタイルに多少合わせるなどこちらが柔軟性を持って対応するのと同時に、こちらが伝えたい情報、相手に伝えてほしい情報のフォーマットを共有するなど、各種ツールを準備し、こちらも汗をかきながら伝わりやすさを工夫する。

このような日常的な細かいコミュニケーションは重要であるが、いずれかの段階で現地担当者と直接顔を合わせる場も設けることは有用である。互いをよく知る機会となり、信頼を深めるのは当然だが、バーチャルな関係で築いた互いのイメージを、実際に顔を合わせることで崩し合うことも、高度にIT化されてきているワークスタイルの楽しみの一つと言える。