マネジメント・アイ

経営における変革のドライバーとしての企業文化

経営アジェンダとしての組織開発 第3回

 

日本CHRO協会発行CHRO FORUM第39号(2022年8月号)

※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です


企業・組織文化に関する関心が高まっている

パンデミックを契機とした、リモートワークやハイブリッド型ワークという新たな働き方の導入を受け、企業・組織の文化(カルチャー)に対する関心が高まっている。マーサーが組織・人材マネジメントの潮流について毎年実施する「グローバル人材動向調査」の2022年の調査結果では、企業文化に関連して以下のような回答が見られた1

 

  • グローバルでは72%、日本では92%のエグゼクティブが、「リモートワークが企業文化を劣化させると懸念している」と回答
  • グローバルでは90%、日本では84%の人事が、「ハイブリッド型ワークモデルへの移行に伴い、従業員にとってより信頼性の高い企業文化を構築する必要がある」と回答

 

それでは、企業文化の劣化がなぜエグゼクティブの懸念となっているのだろうか?また、従業員にとってより信頼性の高い企業文化の構築はなぜ必要なのだろうか?

 

企業文化研究の第一人者であるエドガー・シャインは、企業文化は「ある集団が、対外・対内的な物事に対処する過程で形成されたパターン」とし、「集団において有用であると判断された結果、同様の事柄に対する認識、思考、感情の正しいあり方として新メンバーに伝播される」と述べている2

 

企業文化とは、まさに企業の構成員が「どのように物事を行うか」であり、組織のあらゆる側面を規定する。どのような戦略が立てられたとしても、実行の品質を担保するのは組織の構成員であり、文化である。外部環境変化の激化を受け、その中で企業が意味を持ち、勝ち続ける存在であるために、組織の構成員の言動に大きく影響する企業文化が経営のドライバーとして着目されているのだろう。新たな働き方は、これまで暗黙的に正とされてきた認識、思考、感情のあり方、構成員の間の関係性に揺らぎを起こす。今、自社・自組織にとって有意義な文化とはどのようなものかを見つめなおし、手を打つことが求められている。

 

1 「2022年グローバル人材動向調査」/Mercer Global Talent Trends (2022)
2 Edgar H. Schein (2016) Organizational Culture and Leadership

 

企業・組織文化は、経営として意図的に活用、アップデートする

それでは、有意義な企業文化とは何を意味するのか?これまで日本企業では、長期雇用を中心とした、出入りが少ない構成員の中で、自然発生的に企業文化の生成と蓄積が繰り返されてきていた。企業文化が「濃厚に」存在していると言えるだろう。

 

一方、構成員の多様化やビジネスモデルの転換といった、経営や組織・人材マネジメントの大きな変革においては、過去から培われてきた企業文化と、将来目指す方向性とが矛盾を起こすことがある。そうした場合、「どのように物事を行うか」を規定する企業文化が、結果的に変革のボトルネックとして機能し得る。例えば、完璧思考が強く、完全に仕上がる前のプロトタイプを市場に出すことに強い抵抗がある文化は、アジャイルに物事を進めて、そこから迅速に学びながら軌道修正し、前進するという事業のスピード期待値とは衝突するだろう。

 

事業環境、価値の出し方、新しい働き方、組織と個人の関係性等の様々な変化を捉えると、文化は自然発生的にそこにあるもの・存在するものというのみならず、経営のドライバーとして意識を向けて活用する、また、時に意図的にアップデートする対象となる。自社の事業の在り方において求められる有意義な行動様式を明確に定義し、浸透させることは、経営として取り組むべきことなのだ。

 

企業文化の変革の押しどころはどこなのか?

企業文化の変革は、過去多くの企業で取り組まれてきており、その成否は様々に議論されている。日本企業においては、多くがボトムアップの風土醸成といったものであっただろう。従前の取り組みからの学びを踏まえると、今、経営における変革のドライバーとして企業文化を捉えた時に、特に重視すべきなのは、①リーダーシップと②データの2点ではないかと考える。

 

企業文化の形成と定着においては、リーダーシップ、タレントマネジメント、組織構造、ポリシー・プロセス・プログラム等、組織を動かす一連の要素が、それぞれ、また相互に、自社にとり有意義な企業文化に照らして矛盾なく一貫していることが重要といわれる。

 

そうした中、組織の中でどのような行動が称賛また叱責されるかを最も体現するのは、「誰がリーダーか」である。誰がリーダーに選ばれているのかは、一番目に見えるもので、強烈なメッセージを放つ。そして、そのリーダーがどのような行動をとり、どのようなストーリーを語るのかは、構成員の注目を集める。企業文化の活用やアップデートに当たって、まず起点となるのはリーダーシップ層であり、リーダーが意図をもって行動しない限り、企業文化ひいては目指す変化への本気度は、社内に認識はされないだろう。

特に海外企業と比較して、一定期間以上の任期を暗黙的に合意しており、経営の変節点とリーダーの変更がダイレクトに結びついていない日本企業では、現有のリーダーが、真に求める企業文化に適合しているのかという点につき、より自覚的に問うことが求められるだろう。求める文化への適合度が低いリーダーが、重要な役割につき続けることが許容されていること自体が、重要なメッセージとなる。

 

データが企業文化の推進において重要なのには、二つの側面がある。一つは、企業文化の状態や軌道を把握するためである。文化は目に見えるものではなく、往々にして明示的に言語化もされていない。そこで、自社の中にどのような文化があり、それがどのような状態にあるのか。また、文化が望ましい方向に進んでいるのか、躓いているとしたらその原因はどこにあるのか。さらに、社内で文化の伝道師たるのはどこの層なのか、特別な支援を必要とする場合はそれが何なのか。的確にデータで確認し把握しながら、変革を推し進めることが肝要である。

 

具体的にどのようなデータを活用し得るのか?例えば、組織カルチャーに関する従業員サーベイの結果を、組織別、属性別や対前年度変化の観点で分析して、組織文化の状況把握や背景理解に活用できる。コミュニケーションデータ(例:SNS・チャット等)の蓄積から、組織内で外形的には見えにくいインフォーマルなネットワーク、キーパーソンを把握して文化上のキーパーソン特定につなげる等が想定される。

 

もう一つは、組織内で、文化について議論ができる状態を実現するためである。データという目に見えるものを目の前に置いて、組織の様々な場で対話を進めることで、ありたい姿やそこに向けた道程を、より現実感を以て鮮明に描き出していくことができる。文化という暗黙的な存在に意識を向けて自社・自組織にとっての意味形成を促進する上でも、データの存在は極めて有益である。

 

企業・組織文化におけるCHROの役割

文化が経営の変革ドライバーとして機能する上では、CEO、またその右腕であるCHROが企業文化の当事者であり、旗振り役となる。CEOが掲げるパーパスや事業戦略、そのために求められる行動様式である企業文化。CHROはその実現のための総合プロデューサーといえるだろう。組織の構成員との対話を重ね、熱量の高い人を巻きこみ、有効化させ、望ましい文化を組織に実装する、または現在の文化を、今後の組織・企業の進むべき方向に照らしてアップデートしていく。組織における文化の実現、そしてそれを健全な状態にメンテナンスすることにおいて、CHROの果たすべき役割は重い。

 


執筆者

金子 友美(かねこ ともみ)

組織・人事変革コンサルティング部門 シニアマネージャー