政府の働き方改革実現会議などで議論されてきた内容の実行力が問われている

 

今回は政策とジョブ型雇用について解説してみたい。終身雇用などを前提としたメンバーシップ型雇用は日本企業に広く一般的に採用されてきた。その理由を歴史的に考えると、日本における文化・社会的風土と共に、戦後の雇用政策が影響した面が大きい。

 

日本企業に強く影響してきた雇用政策は「雇用保障」「会社裁量による配置・転勤」「時間に基づく管理」「不利益変更の原則禁止」だ。これらは第2次大戦後、法令や判例などを通じて確立されてきた。

 

メンバーシップ型雇用の特徴である「新卒一括採用」「終身雇用」「会社主導の異動やキャリア形成」「内部公平性重視」は、会社にとって習熟やすり合わせに優れ、品質追求が得意という日本企業に共通の強みを生む源泉となった。個人にとっても生活安定につながった。社会全体では「雇用保障」が社会保障となり、安全・安心な社会を支えてきたといえる。

 

しかし今日、メンバーシップ型雇用のもとで「デジタル化、グローバル化に必要なビジネスモデルの変革が難しい」「若い世代の期待生涯年収が低くなり、トップクラスの若年層の採用が難しい」「不活性な中高年を構造的に作り続けてしまう」といった問題が顕在化している。

 

「雇用保障」により、社会全体で人材流動性が低下し要員の獲得や調整が難しくなる。その代償として「会社裁量による配置・転勤」が許されているが、個人の自律的なキャリア形成を困難にしてリスキル(能力開発)やスキルアップの動機を減らしてしまう。結果として、変化への対応力が衰えたビジネスモデルになってしまう。

 

個人のリスキルやスキルアップが低調になれば、変化が激しい現代において社外に活躍の機会を探すことのできない不活性な人材が増える。これは特に中高年層で大きな問題だ。

 

経済成長率が低い中で社員の職位などについて「不利益変更の原則禁止」が続くと、会社側は対応策として将来の昇給や昇格を抑え、若年世代の低い年収や世代間格差を生むことになる。コストを抑えやすい非正規雇用を増やす動きにもつながってきた。育児や介護と就業を両立する柔軟な働き方のニーズが高まる中、「時間管理」や「時間に対する報酬」の規制にしばられることで、生産性の阻害要因になっている面もある。

時間管理からの脱却

 

エコシステム(生態系)としてジョブ型雇用を導入すれば、これらの問題は軽減できるだろう。例えば職種別の採用やキャリア形成、報酬を導入することで、変化に必要な人材や組織を確保しやすくなる。異動配置の本人同意、社内公募の活性化、PIP(業績改善プラン)の導入は自律したキャリアヘの意識を高められる。

 

 

前政権やその政策の多くを踏襲する菅政権のい<つかの主要施策やスローガン、例えば「働き方改革」「ホワイトカラーエグゼンプション」「一億総活躍」を実施するためにもジョブ型雇用は重要だ。

 

 

働き方改革の目的の1つには時間外労働の削減があり、ホワイトカラーエグゼンプションには時間管理をしないという考えが含まれる。いずれも「働かせ過ぎないこと」を目指している。そこでカギになるのは、不適切な労働時間や労働環境を放置している企業では、人材流出が起きる環境づくりだ。

 

「一億総活躍」の実現には、介護や育児と両立したい個人に一層の労働機会を提供する必要があるが、時間管理で働く制度が妨げになる。そこで業務の成果に基づいて評価する仕組みや、労働環境が悪い揚合は個人が会社を変えることでより良い職場を求めていく流れが必要だ。個人を強くして、公正な労働市場を保護することが結果として労働者を利する。

 

現行の雇用政策の下でも外資系やスタートアップなどがジョブ型雇用を導人してきた例はあるが、多くの企業において、雇用政策がジョブ型雇用導入のハードルとなってきた面は大きい。

 

今までの雇用政策は、「個人が健康的に生活できる収入を定年まで会社に保障させる」という労働者保護に主眼がある。それゆえ「雇用保障」「不利益変更禁止」「時間管理」が重要視された。

 

これらは事業の連続性が強く、習熟やすり合わせが成功につながる時代には良く機能したが、新しいビジネスモデルや価値への対応力が問われる現在は、総じてうまく機能していない。

日本の報酬水準は欧米諸国だけではなく中国・アジアにも負けつつある

 

揺らぐ報酬や雇用安定

 

そのことは欧米の多国籍企業と日本の多国藉企業の成長率や収益性の差をみると明らかだろう。個人にとって極めて重要な報酬面でも、日本企業のマネジャー以上の報酬水準は、欧米だけでなくアジア諸国にも負けつつある。

 

さらに雇用の長期的な保障につながるかどうかも疑わしくなっている。多くの業界で事業環境が絶え間なく変化する中、一つの会社に依存することは、長いキャリア人生を通じた雇用の安定を意味するとは必ずしも言えないだろう。

 

企業の競争力向上と個人のエンプロイヤビリティー(雇用される能力)強化を両立するには、公正で一定の流動性がある労働市場の構築が重要だ。例えば「雇用保障」を弱めるには、多くの諸外国と同様、解雇の金銭解決に道筋をつけることが必要だろう。

 

世代間の待遇格差や非正規雇用の問題につながる「不利益変更の原則禁止」については、合理性がある際にはより柔軟な不利益変更を認めるべきだろう。個人の「雇われる力」を向上するには、本人の自己責任という原則を貫きつつ、支援する企業側の人材施策や、生涯にわたる新たなジョブ遂行能力の獲得に役立つ大学教育などについても見直しが必要だ。

 

最も重要な点は、会社・個人のどちらかが強くなり過ぎないことだ。そのためにはセーフティーネットの充実、労働市場の報酬情報の共有、処遇条件に関する会社と個人間の調停機能を整備して、公正な競争を促進するような仕組みが必要だと考える。

 

日本の雇用政策は今日、大きな問題を抱えている。コロナ禍で新たな働き方が模索される今こそ、従来の延長線上ではなく、抜本的な見直しが必要なタイミングではないだろうか。

 

 

※日経産業新聞 2020年10月15日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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