ジョブ型雇用では、現場マネジャーが主導で必要な人材や予算を立案していく

 

ジョブ型雇用を導入する際に、日々の業務で最も大きな影響を受けるのはマネジャーと人事部門だ。従来の日本企業に多かった終身雇用などを前提とするメンバーシップ型雇用と比較しながら、ミドル層や人事部署がジョブ型雇用のメリットをどう引き出すべきか、解説したい。

 

ジョブ型雇用は人材の出入りが前提とされており、会社と外部の労働市場の間に人材のやりとりがある。そこでは、いかに適格な人材をそろえるかという外部競争力が重視される。マネジャーや人事部門の役割はそのことを前提に決まる。

 

ジョブ型雇用に移行するには多くの業務機能を変える必要があるが、最も重要なポイントの1つは「要員計画と人件費予算」分野だ。

現場主導で立案

 

例えば、ビジネスプランを立てる際には「人的資源に求められる変化」を織りこむ必要がある。事業拡大や機能強化の方向に従い、必要なポジションや人数が固まり、現在いるスタッフにリスキル(能力開発)を求める場合もある。

 

加えて「採用候補者の報酬額」、スタッフの昇格や確保(リテンション)を考慮して「既存人員の昇給額」を人件費に反映しなければならない。もし生産性が低いなら、要員の削減も検討する。これらを検討できるように、マネジャーには所属スタッフの報酬情報が公開されている。

 

マネジャーが具体的な要員計画や人件費予算を立てていくために、社内の人事部門も支えていく必要がある。本社の人事部署は、現場が計画を立てるためのツールの準備やガイドライン策定が必須だ。各部門の人事部署は必要な事業や機能を把握して、マネジャーに助言していく必要がある。人事担当者にもサポートするための能力向上が欠かせないのだ。

 

一方、従来型のメンバーシップ型雇用は大幅な人の出入りを前提としていない。約40年にわたる先輩や後輩、同期の関係を積み重ねた集合体が会社組織になっている。重視されるのは、内部的な公平性だ。

 

この世界観ではビジネスプランを立てる際にも、事業や機能の強化に沿った具体的な要員計画を立てない傾向にある。人材の入れ替わりが少ないので、「現有戦力プラスマイナスα」が人的資源の前提となり、計画の意味が薄いからだ。

 

結果として要員計画は、特にホワイトカラーについて「来年の要員数=既存人員数ー定年退職者数+新卒採用者数」などと設定されがちだ。人件費は過去の傾向を見ながら「対前年2%アップ」というイメージで算出され、経営方針や事業方針との結びつきが弱かった。

 

マネジャー側で要員計画や人件費予算を立案することもなく、人事部門が中央集権的に決めてしまうこともある。そもそもマネジャーには所属スタッフの報酬情報は公開されてないことが多く、具体的にプランを立てていくこと自体が難しい。

現場マネージャーと人事部門の連携がカギをにぎる

 

経験乏しい日本型企業

 

これまでトップクラスの日本企業と外資系企業の人事戦略をコンサルティングしてきた経験からみて、日本企業のマネジャーは日常業務や商品の企画・調達、自社のサービスを高水準で実行する力には優れている。ただ、新規ビジネスやプロジェクトをリードする技術は、外資系のマネジャーに比べて秀でているとはいえないように感じる。

 

プロジェクトを成功に導くには資金と人材が必要だが、「あるゴールの達成に責任を持つので、これぐらいの資金的な投資と人的な役資をしてほしい」という計画作りや交渉に慣れていないのだ。

 

その背景には、日ごろのビジネスプランで与えられた裁量が狭く、鍛えられる機会も少ないことがあるのではないだろうか。自発的、自律的に組織をリードできるマネジャーが少ないことが新しい事業の創出や組織の変革の妨げになっているのではないだろうか。

 

例えば、「昇給・賞与の決定」もジョブ型雇用になれば、マネジャーと人事部門の役割は大きく変わる。優秀な成績を出した人の報酬額が市揚価値より低ければ、社外に流出してしまうかもしれないし、パフォーマンスが高くない社員の報酬額が市場の中位に達しているなら昇給させる必要はない。こうしたきめ細かなマネジメントは、現場マネジャーでなければ難しい。

 

人事部門が現場マネジャーに昇給や賞与の原資を配り、現場マネジャーはスタッフの現状の報酬、パフォーマンス、職種別にみた市場価値、流出リスク、代替人材の可能性などを総合的に判断。原資の中から昇給額や賞与額を決めていく。

 

今までのように「マネジャーは人事評価のレーティングのみ決定し、人事部門が制度に基づき昇給や賞与を決定するような方法」はとれないのだ。

 

ジョブ型雇用では、マネジャーには「市場価値や流出リスクをよく認識した上で昇給額、賞与額を決定する能力」、本社人事には「原資の配分とガイドラインを作成する能力」、各部門人事の担当者には「事業の特徴と個々の構成員に対する理解、マネジャーに対してアドバイスをする能力」が求められる。

創造性ある人材育成へ

 

情報通信業界のある日本企業では、人材マネジメントのシステム全体を数年かけてジョブ型雇用に移行することを決めた。現在、様々な仕組みや運用施策を検討している。

 

重要な論点になっているのは、マネジャーや人事部門のケイパビリティ(組織的能力)不足だ。ジョブ型雇用を生かすには、経営レベルで目的意識を築き上げ、全社員が自律的なキャリアを磨いていくことも重要だが、同社は現場のマネジャー層や人事スタッフの能力向上に多くの準備と時間が必要と考えている。

 

現在はジョブ型雇用に向けた地ならしや報酬制度・人事ガイドラインといった仕組みを設計している最中だ。

 

今後は選抜された上級管理職や部門人事の担当者に対して、要員計画、人件費管理、昇給賞与決定などを体験するワークショップを実施していく。本音ベースでの理解度や課題を探り、実際に制度を運用していくためのトレーニングプログラムを準備する予定だ。

 

ジョブ型雇用への移行に当たっては、関連する仕組みを変えるだけではなく、マネジャーが実践して、人事部門が支えていく体制を整えなくてはならない。マネジャーの裁量を広げることで、新しいビジネスや仕組みを創出する人材をつくる挑戦でもあるのだ。

 

 

※日経産業新聞 2020年10月8日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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