ジョブ型雇用では自らのキャリアのプロデュース能力が重要に

 

連載の最終回では「個人としてジョブ型雇用をどう捉え、どう向き合っていくべきか?」を論じたい。

 

個人にとってジョブ型雇用への参画は「より大きな労働市場に参加し、他の労働者と競争をすること」にほかならない。自分の希望するジョブに就くためには、常に自らを磨く努力が必要となる。

 

競争があるので希望するジョブに必ず就けるわけではないが、会社に選んでもらうのを待つだけでなく、社内公募等を通じてチャンスは得やすい。また、努力と運次第では年齢にかかわらず非常に早くキャリアアップできるだろう。

 

「対等な市場取引」の中で仕事を失うリスクもあるが、メンバーシップ型雇用と比べて高い報酬を得られる可能性が高い。そして何より重要なのは、自分の意思でキャリアを決められる自由だ。ある程度の実力が備わっていれば、会社を移ることは比較的容易で様々な状況にも対応できる。

 

一方、個人にとって終身雇用などを前提とするメンバーシップ型雇用への参画は、語弊を恐れず言えば「村社会のメンバーになること」に近い。村社会のメンバーとして、生活(雇用やある程度の収入)は通常保障されるが、割り当てられた仕事は村のために何でもこなさなければならない。

 

長期的な先輩・同僚・後輩関係に基づく組織なので、評価も年功的な側面が強い。パフォーマンスの低い人も組織内で抱えることから、全体として個人の報酬を上げにくくなる。キャリア形成は会社主導で、一貫性のあるキャリアを築けないことも多い。

 

雇用は原則として保障されているものの、将来どのような業務に従事するか分からないので、リスキル(能力開発)やスキルアップを継続的に行う意思が働きにくい。

退職勧奨リスクは低い

 

多くの外資系企業や専門性の高い会計や法律などの事務所、スタートアップはジョブ型雇用となってきている。一方で大手を中心に多くの日本企業は「メンバーシップ型雇用」を守っているか、「メンバーシップ型雇用にジョブグレード等の一部ジョブ型的な施策を導入した状況」だ。

 

昨今はジョブ型雇用の導入を目指す日本企業も増えており、個人でもジョブ型雇用に向き合う機会は増すだろう。これに対して、若年層を中心に歓迎している人もいれば、不安や懸念を持っている人も多いようだ。

 

ジョブ型雇用に対する個人の最大の懸念は雇用リスクだろう。典型的なリスクは退職勧奨を受けることだ。しかし一般的には、例えば構成員が100人の組織において退職勧奨の人数は経験則的には年間0~3人程度だ。ジョブ型雇用では会社も選ばれる立場。構成員に不安を感じさせる非合理的な雇用調整は、不用意な人材流出というリテンションリスクが発生するので行わない。

 

また、周囲は退職勧奨を受ける人のパフォーマンスや行動に不満を感じている場合が多い。雇用リスクは、組織に対して一定以上の貢献ができている人材に関してはいえば、実際のところあまり高くはないのだ。

 

もう一つの不安は「実力主義的になって昇格が難しくなること」だ。メンバーシップ型雇用の企業では救済的な昇格が、ジョブ型雇用より多いように感じる。企業や職種によるが、能力や業績の貢献に課題はあっても、仕事を一応こなしていれば厳しいフィードバックによる改善を求めない。ある程度の年齢や勤続年数に達した際に能力などが物足りなくても、非管理職の一番上の等級や初任管理職まで昇格させる運用をよく見かける。

 

このような措置は個人にとって生活の保障にはなるが、別の問題を生み出す。救済された層は新卒採用から20~25年程度で昇格の上限に到達した時、キャリア的にその先は望みづらい。定年までその立場にしがみつくしかない「不活性層」になってしまう。

 

一生のうち最も多くの時間を投入する仕事の世界で残念な結果ではないだろうか。むしろ早めに厳しいフィードバックを受けて能力やスキルの向上に励み、社内外で幅広く積極的にキャリアを構築した方が個人にとって良いのではないか。

ジョブ型雇用(外資系)の報酬はメンバーシップ型雇用(日系)より高い

 

高い報酬で個人に還元

 

ジョブ型雇用における昇格の厳しさは、別の形できちんと個人に還元されている。大半がジョブ型雇用になっている外資系企業と、メンバーシップ型雇用を維持している日本企業の報酬水準を比較すると、役割の大きさ(責任の大きさや業務の難易度)にかかわらず、ジョブ型雇用である外資系企業の報酬は日系企業より高いのだ。

 

俯瞰してみると、ジョブ型の雇用リスクは相対的に高めであるものの、それほどではない。実力主義的であることは報酬面のメリットで相殺されている。また、メンバーシップ型の救済的な昇格は個人を「不活性層」にしてしまう別のリスクがある。以上のことから、ジョブ型雇用と言ってもそれほど構える必要はないのではないか。

 

ジョブ型雇用で働く人から、「雇用システムが不満でメンバーシップ型雇用に移りたい」という話はあまり聞かない。むしろ雇用のあり方としては、ジョブ型雇用がベターだと思っているようだ。ジョブ型雇用は人材の流動性が高く、雇用システムに魅力がなければ流出していくはずだが、そうはならない。

 

ただし、メンバーシップ型雇用に慣れた個人が、ジョブ型雇用で活躍するにはマインドセットのチェンジが必要だ。競争の中で生きるため、自らのキャリアのプロデュース能力が重要になる。

 

自分の強みや経験、今後世の中に必要とされる業務機能を考え、今の専門性を深めるのか、今の専門の隣の領域の経験を積んで専門性の幅出しをするのか。将来有望な全く違う領域に行くのか、作戦はいろいろだ。

 

ただ、どんな道を行くにも最も大事なことは、労働市場における競争に勝つため「受け身にならず、積極的に機会をつかみ、そのための準備をあらかじめ怠らないこと」だろう。誰もが職業人生を主人公として過ごせるよう、読者諸氏の自律的なキャリア形成を強くお勧めしたい。

 

※日経産業新聞 2020年10月22日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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