会社と個人が対等に労働力を取引することがジョブ型雇用の前提になる

 

ジョブ型雇用は、多くの日本企業で慣れ親しまれたメンバーシップ型雇用とは全く違うエコシステム(生態系)だ。経営者にとっても、それは例外ではない。特に大企業の経営者は、戦後75年かけて成熟・浸透してきたメンバーシップ型雇用の中での成功者であり、多かれ少なかれその考え方に慣れている。ジョブ型雇用の理解にはハードルがあるかもしれない。

 

ジョブ型雇用が経営にもたらすメリットで、最も大きなものは「経営や事業に必要な人材をそろえやすい」ことだ。戦略に基づいて組織を設計し、その組織に必要なジョブを定義し、ジョブにマッチする人材を社内外から調達する。

 

また、個々の社員が自らキャリアを形成するため、環境に応じて自発的なスキルアップやリスキル(能力開発)が期待できる。法律的には十分留意する必要があるが、パフォーマンスの悪い社員にPIP(業績改善プラン)を実施し、改善がみられない場合は退職勧奨し、組織の生産性を高めることも選択肢に入る。

 

これらは全て「会社と個人が対等な関係となり、労働力を市場取引する」というコンセプトから出てくるメリットだ。市場取引のため、市場価格による人材調達も、ローパフォーマンス(低調な仕事ぶり)による「契約終了」も想定される。より良いジョブの獲得のため、個人にも自分自身を磨くインセンティブも発生する。

 

人が会社を選ぶ

 

ジョブ型雇用に移行する経営者が気をつけなければならないのは、「会社が個人を選ぶ」だけでなく、「個人に会社が選ばれる」立場になる点だ。会社が十分に魅力的でなければ、他社から見て魅カのある優秀な人材が去ることにもなり、会社としては非常に困る状況となる。

 

そこで重要となる要素の1つが報酬水準だ。市場にマッチした水準を提供しなければ、流動性のあるジョブ型雇用において人材を確保・維持することはできない。メンバーシップ型雇用では、人材が社外に流出しにくいために買い叩く(報酬を低くする)ことが起こりうる。つまり昇給を抑えたり、業績が悪い際は賞与を大幅に下げたりするという措置を講じることもできる。

 

例えば、ある日本の電機メーカーでは、業績不振の際に本社社員の賞与を例年の半分以下としたが、海外は前年から1~2割程度しか削減しなかった。日本国内はメンバーシップ型雇用の中で育った人材が多く、社外流出を想定せずに賞与を大幅に減らせたが、海外はジョブ型雇用なので、賞与の大幅減額をすると優秀な人材が流出する可能性があったためだ。

 

ジョブ型雇用では、おのおののジョブの市場価値に見合った報酬を支払う必要があり、一般的に日本企業の報酬水準より高いケースが多い。総人件費の増加をうまく吸収するためにも、生産性の低い社員の削減や年功的な処遇の廃止が必要だ。

 

日本企業ではそうした措置を十分にとらず、市場価値にふさわしい水準の報酬を支払いにくい。バブル経済の崩壊後、日本企業は昇給や昇格を抑制して人件費の増加を避けたが、相対的に若い世代ほど期待できる生涯年収が低くなってしまい、世代間格差の原因にもなっている。

 

キャリア自律を促す配置や異動に対する日本企業の理解は遅れている

 

異動は本人同意が原則

 

会社が選ばれるために2つ目の重要な要素は、個人がキャリアを形成できる機会の提供だろう。ジョブ型雇用では、会社は個人の雇用を理念的には保障しておらず、個人はどのような仕事に就いて収人源を確保するか、キャリアを自ら考えて形成していく。

 

そのため、人事異動や配置を会社が勝手に決めるのはご法度だ。原則として本人の同意が必要となり、併せて社内公募を増やしていくことも望まれる。

 

日本企業では、このポイントが必ずしも理解されていないようにみえる。マーサージャパンでは8~9月にかけて、ジョブ型雇用に関する大規模なアンケート調査(回答238社)を実施した。多くの企業は今後ジョブ型雇用に向かい、ジョブの定義や職種別採用、職種別報酬、PIPという基本的な仕組みを3~5年の間に採用していくとの結果だったが、異動・配置に関しては90%弱の企業が「会社裁量による異動・配置を継続する」という回答だった。

 

これは大きな矛盾だ。職種別に採用して職種別に報酬を支払っているのに、会社が本人の同意無しに突然異動を指示したり、従事する業務を変更したりするのは理屈に合わない。個人からすると、将来担う業務領域が特定できず、専門性を高めることも難しい。

 

ジョブ型雇用ではローパフォーマーに対して、改善が見られない場合は退職勧奨する可能性が高くなるが、これは「双方で合意したジョブをきちんと担えていない」というベースがあるからこそ可能な施策だ。

 

本格的にジョブ型雇用を導人するには、個人のキャリアを尊重して、売り物、すなわち「ジョブ」を会社の裁量で変更することは慎み、異動や配置においては本人同意と社内公募の拡大を進めるべきだろう。

社員と目的を共有

 

報酬やキャリア機会と並ぶ3つ目の重要な要素は「目的の共有」や「目的への共感」だ。目的はミッション・ビジョンやパーパスと呼ばれることも多い。

 

業界や企業によって個性が出る部分だが、内容としては社会への貢献、顧客への提供価値、従業員に対する姿勢を規定することが多い。例えば、米グーグルでは「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」と掲げている。

 

目的とは、このように会社の方向性を示す大義にあたる。報酬水準やキャリア機会に問題があれば人材確保は難しいが、それらは必要条件にすぎない。優秀な人材がわくわくするような魅力的な目的を設定し、徹底的に共有することで他社との違いも明確にできるだろう。

 

ジョブ型雇用は会社にとって都合の良いことばかりではない。優秀な個人から選ばれるためには、定期的なエンゲージメントサーベイ(帰属意識調査)やパルスサーベイ(社員の状態を高頻度で確認する調査)で社員の状況や問題点を把握。その上で報酬水準の調整やキャリア形成の支援、目的の共有などを計画的に、かつ体系的に実施していく必要がある。

 

 

※日経産業新聞 2020年9月24日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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