人材の流動性が乏しい新卒一括採用と長期雇用は、グローバル企業向けの人材管理システムを生かし切れない

 

日本企業が本格的にグローバル展開を進めた2000年代の後半以降、人材管理システム(HRIT)で「サクセスファクターズ」、「ワークデイ」といった海外製のクラウドサービスを導入する事例が増えている。

 

効果的に人材マネジメントを実行する優れたツールで、多くのグローバル企業に採用されている。日本でもうまく活用する企業がある一方、導入後に「あまり使っていない」「使いづらい」という話をしばしば聞く。これは従来のメンバーシップ型雇用の人材管理に、ジョブ型雇用のツールを接ぎ木したことで発生する問題だ。

 

当社の重要顧客の1社で日本を代表する電機メーカーから聞いた点も参考に、海外製HRITの導人・運用で起こりやすい課題や不満を検証していきたい。

 

まず「運用してみると、マネジャーの負担が重すぎる」というものだ。例えばスタッフの採用や異動の際、現場マネジャーによるシステム登録や手続きが必要で関連の事務作業も発生する。マネジャーは「なぜ自分がこんな処理をやらなければならないのか?人事部の仕事では?」と思うだろう。人事部も、現場マネジャーが慣れない作業をすることに対するサポートに追われがちだ。

 

メンバーシップ型雇用では、新卒一括採用が中心だ。人材を補充するのは人事部や各事業本部という「中央」の判断で、人は与えられるもの。与えられた人材で現場はベストを尽くす。

 

採用活動は実質的に人事部が担い、現場マネジャーが増員を希望しても、諸手続きや人事発令は人事部が実施する。こうした従来型の仕組みに慣れたマネジャーは「仕事が増える」といった不満を持つ。

 

しかし、海外製HRITの設計思想はジョブ型雇用だ。ジョブ型雇用では新卒、中途とも職種別の採用が中心になる。人材の補充は現場が立案したビジネスプランに基づき、現場マネジャーが人材の過不足や必要なジョブを見極めたうえで採用や配置を担っていくことが多い。

 

もう少し細かくいうと、業務の内容や期待する成果、必要な能力などを明示した職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成し、人材を採用や社内公募で求めていくが、計画を立案したマネジャーがそれらの活動で主導権を持つ。

 

首尾よく採用や他部署からの獲得ができた際は、マネジャーにとって自らリードしている事案なので、人材管理システムの作業にもストレスを感じにくく、適切に処理できる傾向がある。

 

ジョブ型雇用では人的資源の確保や有効活用の責任をマネジャーが担っているため、心構えが異なるのだ。

海外の人材管理システムは日本企業の慣習に合わないことがある

 

 

第2の課題として、海外製HRITで「ポストの兼任をうまく取り扱うことができない」というものがある。これも雇用制度の違いが原因になっているケースが多い。

 

メンバーシップ型雇用を採用する多くの企業では、ポジションの兼任が多くなる傾向がある。例えば、ある部長ポストが空席の際、内部登用しようとしたが、年次の兼ね合いで昇格させにくいといったことが起きる。結果として、上位ポストや隣接ポストの人材に部長を兼任させることが多くなってしまう。

 

ジョブ型雇用では、事情が少し違ってくる。人材の流動が前提となっているため、部長ポストを外部採用することも積極的に検討する。内部昇格の場合も、ジョブを担える人材であれば年次などのバランスを考慮する必要がなく、ポスト兼任は発生しにくくなる。

 

海外製HRITは、もともと兼任を想定していない設計も多い。ポストの兼任が増えると、システム上で組織図の表示や指揮系統の管理が複雑になる問題が生じる。ポスト兼任に対応した人材管理システムを求める傾向は日本企業に特有であり、ジョブ型雇用を前提とするグローバル企業向けのクラウドサービスには反映されにくい。

 

第3の課題は、「今までのような人事評価や報酬決定をすることが難しい」というものだ。

 

メンバーシップ型雇用では先輩・同期・後輩という関係が約40年間続くため、内部公平性が重視される。評価や報酬面で説明のつかない逆転は許容されにくい。

 

目標管理制度を実施しても、単純な目標達成度を評価するのではなく、様々な観点から不公平を指摘されることがないように、数値処理を重ねて評価点や評語を決定する。それに基づき、自動的に昇給額や賞与額を決定する仕組みが多い。メンバーシップ型雇用の特殊性の1つだ。

 

ジョブ型雇用においては、評価と昇給・賞与決定の結びつきが緩やかになっている。昇給額や賞与額は、評価結果から計算式で機械的に決まるのではなく、マネジャーが金額を直接決定する方式を取る。

 

つまり、目標の大まかな逹成度合いを把握できれば十分なので、海外製HRITでは評価の画面上であまり細かい計算をする機能は必要ない。

                   

しかし、日本企業は表計算ソフトや書類の上で行っていた、内部公平性にこだわった精緻なやり方を続けようとするため、問題が発生するのだ。

 

ジョブ型雇用もメンバーシップ型雇用も、それぞれ様々な機能が有機的に結びついたエコシステム(生態系)といえる。その中には人材管理システムも合まれる。日本のグローバル企業でもメンバーシップ型のまま、エコシステムに合わない海外製HRITというツールを導人するケースがあった。

 

今後はジョブ型雇用が広がるにつれて、親和性の高い海外製HRITは導入効果を発揮するだろう。グローバルに人材データを一括管理できるようになり、要員計画、業務パフォーマンス、人材開発、報酬決定といった様々な人材マネジメントを統一して進めやすくなる。人材マネジメントのレベルを一段階上げる素地ができるのではないだろうか。

 

ジョブ型雇用の導入を決めた企業は、海外製HRITのクラウドサービスの導人や再活用を勧めたい。人材マネジメントで得たデータをシステム内に蓄積し、解析技術を駆使すれば、今までみえてこなかった課題と原因の究明ができるようになるはずだ。

 

 

※日経産業新聞 2020年9月17日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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