戦略に基づき、現状と「あるべき姿」の人材ギャップを埋める

 

これまで、多くの日本企業では、本来的な意昧での要員計画は実施されてこなかった。要員計画の目的は、経営戦略の遂行に必要な要員の質と量を定義して、その確保を実現する様々な施策方針を立案することだ。

 

これまで多くの日本企業では、特にホワイトカラーに関して、既存の社員数から定年退職者を差し引きし、慣行によって決まる新卒採用数を加算することで要員を決めてしまい、必ずしも戦略が十分に反映されたわけではなかった。

 

本来なら事業に必要な要員の「あるべき姿」と現状のギャップを明確にした上で、どのようにギャップを埋めるか方針を立案する必要があるはずだが、そうした取り組みは限られていた。

 

その一因は、従来の日本企業の人材マネジメントであるメンバーシップ型雇用にある。メンバーシップ型雇用は、会社が個人に雇用を保証する代わり、個人は業務命令に従い、どんな業務にも従事する仕組みだ。雇用保障が前提なので、新卒者の終身雇用が基本的なキャリアモデルとなり、転職や中途採用、つまり人材の流動性はほとんど想定されてこなかった。

 

異動や配置は会社命令であり、個人の意思でキャリア形成が進んでいないため、自発的なスキルアップやリスキル(能力開発)は起こりにくく、ビジネスモデルを揺るがす大きな環境変化にも対応しにくい。こうした制約の下では、仮に新たな戦略に必要な要員と現状の要員のギャップが特定できても、そのギャップを埋める手段を幅広く検討しにくいのだ。

 

企業の成長力を左右

 

せっかく戦略を立てても必要な要員を社内外から適切に集めにくい構造は、日本企業の戦略立案ひいては成長力そのものに影響を与えているように思える。戦略に基づいて要員を定めるのではなく、現状の要員に適した戦略を立案してしまう傾向すらあるためだ。

 

例えば、年率10%の成長を果たすために海外事業を伸ばさねばならず、海外事業を伸ばすにはいくつかのビジネスでグローバルビジネスのリーダーやそれを支えるスタッフ、現地の事業開発担当が必要となる。

 

そう分かっていても、現実は失敗しないような「実現可能性」を重視して、現状の人員をベースにどこまでできるか、という抑制的な成長プランを考えてしまいがちだ。

 

ジョブ型雇用においては、考え方が大きく変わる。ジョブ型雇用はジョブを介した労働力の市場取引であり、人材を柔軟に組み換えることで経営環境の変化や新たな戦略に合った人材を確保しやすくなる。

 

異動や配置は個人同意が原則であり、個人がキャリアを選択しているから、環境変化に対して自発的なスキルアップやリスキルも進みやすい。このような環境であれば、戦略に基づく要員計画を立案して、「現状」と「あるべき」のギャップを埋める施策を考えることに意味がでてくる。

 

要員計画を実行していくための人事施策は様々ある。最も分かりやすいのは不足する要員を確保するための採用だ。経験を問わないスタッフの不足であれば、新卒採用や第二新卒ということになる。中堅以上の人員が足りないのなら、中途採用が自然だろう。

 

いずれにしても、職種別採用が基本となる。事業が縮小している分野の社員には、リスキルの機会を大規模かつ計画的に提供した上で異動をしていくこともあるだろう。

要員配置は社内選抜や外部採用を駆使する

 

改善プログラムも必要

 

要員計画を進めると、質的に求められる能力が充足できていない、つまり能カ・業績面の不足が続くメンバーに対しては、PIP(Performance Improvement Plan)の実施や、場合によって退職勧奨などの措置も必要になるだろう。

 

PIPとは業績・能力・行動に課題がある社員に対する「業績改善プログラム」だ。上司と対象者との間で業績や能力、行動面に関する課題と改善に向けたアクションプランを具体的に決めて、その後も定期的なモニタリングとフィードバックを継続する。

 

一定期間を過ぎた後、十分な改善が見られる場合はPIPを卒業、改善が見られるものの不十分な場合はPIPを継続し、改善が難しいと判断される場合は降格や退職勧奨といった何らかの措置を実施する。

 

一例として、世界的な自動車部品メーカーが実施した要員計画と、それに基づく各種の人事施策を説明する。

 

このメーカーの主力製品は自動車の主要部品である。従来は完成車メーカーなど顧客の要望を御用聞き的に伺い、そこで示された要件に合わせて部品を設計して製造・納品する、というやり方が主流だった。長年続けた結果、メーカーや車種ごとの個別仕様が増えて、採算が悪化した。

 

そこで白動車産業のトレンドをふまえて、制御機器やソフトウエアを合わせて主力製品と周辺製品を合わせてモジュールとして提供するビジネスに変化することを目指した。必要な要員に関してあるべき姿と現状のギャップを職種別に洗い出したところ、開発と営業の2領域で特に大きなギャップがみつかった。

 

具体的には、開発領域でソフトウエアエンジニアとモジュールの開発リーダー、営業領域ではモジュールに関する提案営業のベテラン要員が不足していた。

 

ロールモデルを採用

 

同社はロールモデル(お手本)となり得るソフトウエアエンジニアとモジュール開発リーダーを中途採用した。それだけでは十分な人数をまかなえないので、新分野に挑戦したい若手社員の中から、学習能力が高い人材を選抜。ロールモデル人材が率いるチームに配置して、社内で必要な人材をさらに育てていく工夫を凝らした。

 

提案営業に関しては、既存社員のエンジニアの中でコミュニュケーションスキルにたけるものを本人同意の上で異動し、技術に関する理解を土台にしながら、御用聞き体質の改善を図ることにした。徐々にではあるが、同社のモジュール事業は成長しており、これらの人材施策が成長を支えているという。

 

ジョブ型雇用の1つの長所は、戦略に基づいた迅速で柔軟な人材の確保であり、それにより変革の実現を大きく進められるところにある。一方、メンバーシップ型雇用は、メンバーの人れ替わりが少なく長期的な関係が構築されるため、習熟、擦り合わせ、改善をベースとした品質向上に強みを持つ。

 

自社が所属する産業、策定している事業戦略、組織・人材の特徴によって効果的な雇用制度は異なる。ただ、多くの企業がデジタル化、グローバル化に伴う不連続な変化の波にさらされており、それに応じた早急な組織の能力確保を望む企業が多いのではないか。

 

 

※日経産業新聞 2020年9月10日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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