ジョブ型雇用では会社と個人が合意した異動が原則になる

 

 

ジョブ型雇用はジョブ(仕事)を介した会社と個人の労働力に関する市場取引であり、個々のジョブの重要性や難易度、需給バランスによって報酬額が決まることを前回までに説明した。今回は人材の採用・配置について解説したい。

 

ジョブ別に報酬が違うことは人事制度のみならず、採用や配置という人事の運用領域にも大きな影響を与える。例えば、採用では新卒一括から中途も含めた職種別が主流になり、異動や配置は会社と本人の合意が原則になってくる。

 

いわゆる日本企業の新卒一括採用は、多くの場合、内定時に担当業務は未定だ。最近は事前に話し合うケースも増えてきたが、通常は本人の意思と無関係に決まる。この前提でジョブ型雇用を導入してしまうと、同じ一括採用をしたのに配属された先のジョブによって報酬に差がつくことになり、強い不公平感を招くだろう。

 

異動の際も同じだ。通常、日本企業における異動は会社が決定する。対して、ジョブ型雇用の前提は労働力の市場取引。個人としては社内だけでなく、社外を含めて将来のキャリアを考えることになる。

 

そのため、自分の将来や先々の収入に影響を与える「どのような仕事に就くか」は自分で判断することになる。自らのキャリア志向がないと、外部の労働市場を含めたキャリアを積み上げていくことは難しい。

 

そうなると異動の際は会社だけでなく、本人の同意が原則となり、ひとつの方法として社内公募を積極的に活用することになる。

 

ジョブ型雇用における職種別採用や本人同意による異動は、個人の自律的なキャリアを認めることだ。個人にとって有利な話だが、会社にとっても良い部分はある。日本企業に多いメンバーシップ型雇用で問題になる、士気の下がった中高年層を活気づけたり、減らしたりする効果だ。

 

士気の下がった中高年層が発生する背景には、メンバーシップ型雇用に依存して「スキルアップやリスキル(能力開発)のインセティブが低いこと」が挙げられる。

 

メンバーシップ型雇用は年功序列になりがちで、会社側が異動やキャリアを決めるうえに雇用が保障されている。個人の立場からは「会社がキャリアを決める以上、スキルアップやリスキルの機会を提供するのが当たり前だ」となりやすい。

 

結果として、時代の変化に適応して活躍し続けるという継続的な努力が行われにくく、不活性な中高年が増える。

 

自らがキャリアを考えてスキルアップやリスキルの努力をするには、少なくとも希望するキャリアに挑戦できる権利を提供すべきだろう。

 

例えば空きポストについては公募の機会をできるだけ用意する、といった仕組みが望まれる。自律的なキャリアを促進するためには職種別の採用や、本人同意に基づく人事異動が非常に重要な施策になる。

 

一方、個人の意思を尊重した採用・配置政策には大きな2つの問題が発生する。1つはトップ層を含むゼネラルマネジャーが育ちにくいことだ。個人が専門的なキャリアを追いかける構造が基本となるために生じる。

 

これを回避するには、人材登用に向けた「サクセションマネジメント」が非常に大事になる。重要ポストに就く可能性がある人材を若い頃から選抜し、大組織のゼネラルマネジャーに向けた有用な経験を与える。例えば小組織のゼネラルマネジメント、複数の重要事業や複数の地域における経験を積めるように、早くから計画的に配置と育成をしていく必要がある。

 

もう1つの問題はローパフォーマー対策だ。従来、日本企業ではパフォーマンスが低い社員にも相応の業務を人事異動でなんとか見つけて雇用を続ける、というスタイルが通常だった。

 

ジョブ型雇用の場合、会社主導のローテーションが原則としてないので、個人がジョブの期待値を満たせない場合、PIP(業績改善プログラム)の導入が一般的だ。PIPについては次回以降で改めて解説したい。

 

このような施策で、ジョブ型雇用に移行しようとしている日本企業B社の事例を紹介する。

 

B社は日本を代表するメーカーグループの中核企業で、制御機器やソフトウェアの開発・製造を主たる業務としている。最先端のデジタル制御やプログラミングに関して非常に高い組織能力が求められ、様々なタイプのエンジニアの確保と育成が急務となっている。

 

B社は外部競争力を高めるため、職種別に報酬を変えているだけでなく、採用は新卒・中途を問わず全て職種別だ。職種の大区分は企画・事務、技術開発、製造、営業の大きく4つだが、それぞれが7~20程度の小区分に分かれている。

 

採用は小区分ごとに進めており、小区分の職種をまたぐ異動には本人の同意が必要だ。空きポストが発生すると社内公募と外部採用の両方を原則として実施し、社内外問わずにあらゆる候補者から適任者を選ぶ仕組みになっている。

 

社内公募の結果として昇格することがあり、個人が従事したいジョブに自律的に就く機会もある。個々の社員はそうしたチャンスに向けてオンライン教育などを活用しながら、自らのスキルアップとキャリア形成に積極的だという。

 

ジョブ型雇用と聞くとまっさきに思いつくのは職務記述書(JD)の作成やジョブ別の報酬体系という形式だが、それだけで人材の競争力は向上しない。ジョブ型雇用の効果を得るためには、採用や異動の考え方を変えて、個々人に自律的なキャリアを促し、人事部門やラインマネジャー、経営陣の発想も根本的に入れ替えていくことが重要なのだ。

 

※日経産業新聞 2020年9月3日掲載

執筆者: 白井 正人 (しらい まさと)

取締役 執行役員 組織・人事変革コンサルティング部門 日本代表

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